歴史と伝説担当のライター、妙見です。
みなさん、岡山といえばまず何を思い浮かべますか?
筆者はきびだんごが好きなので「桃太郎」が浮かびます。
桃太郎といえばお供を連れての鬼退治、誰もがおなじみの昔話ですよね。
そう、昔話である以上、きびだんごでお供になる動物も乱暴な鬼も全て「架空のおとぎ話」のはずです。
ですがもし、岡山には“今も”鬼がいると言ったらどうでしょう? 実は岡山には桃太郎のルーツともいえる鬼退治の伝説と、今でもその鬼の“声”を聞ける場所があるのです。今回は「温羅」という岡山に伝わる鬼の伝説についてご紹介しましょう。
岡山のダークヒーロー「温羅(うら)」 昔々、吉備国(現在の岡山県)に海の向こうからやって来た者がいました。彼は百済の王子を自称し「温羅(うら)」と名乗ります。この温羅ですが、目は虎のようにギラつき、燃えさかる炎のような赤い髪を持ち、身長は一丈四尺(およそ4.24m)にも及ぶ大巨漢!しかもムキムキの筋肉で巨石を軽々と持ち上げる怪力の持ち主。それで性格は凶暴で好戦的といいますから、まるでどこかの星の戦闘民族のようですね。
温羅はやがて山頂に大きな城を構えます。そこを拠点とし、都へ向かう船を略奪するわ里の女性や子供をさらうわやりたい放題。里の人々は彼を「鬼」と呼び、その城を「鬼の城」と呼んで恐れました。
Credit:
Wikipedia温羅の居城と伝わる鬼ノ城遺跡
この温羅の極悪非道の行いを知った朝廷は討伐に動き出します。しかし温羅は怪力だけでなく俊敏さも持ち、さらには姿を自在に変える不思議な能力で神出鬼没に現れては朝廷軍を翻弄します。結局朝廷から派遣された兵士たちは打ちのめされて引き返していきました。
どうやら温羅は筋力・俊敏に加え、変身能力も備えたチートなバーサーカーだったようです。
バーサーカーVSアーチャー! 吉備津彦との戦い
そこで次は武勇の誉れ高い吉備津彦命(五十狭芹彦命)が温羅討伐に乗りだします。吉備津彦はさすがにチート相手に正攻法は通じないと悟り、吉備に到着するとまず片岡山に石の盾を築いて防御の陣を形成します。
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Wikipedia吉備津彦が陣を築いたとされる楯築遺跡
そしていよいよ決戦の時。
山頂の鬼ノ城から雷のように岩を投げ落とす温羅に対し、弓矢で応戦する吉備津彦。温羅の投げた岩は吉備津彦の矢によって砕かれ落とされます。実はこの吉備津彦、脅威的な破壊力を持つチートなアーチャーだったのです。
http://www4.plala.or.jp/koharas/uradensetu/030625yakuiiwa.jpg「吉備津彦の矢によって砕かれた温羅の投げた岩」と伝わる矢喰岩
このチートVSチートの戦いは互いの力が拮抗し膠着状態に陥ります。
このままの状態が続けば、いずれ体力などの面から吉備津彦が不利になるでしょう。その時海上神である住吉明神が少年の姿で吉備津彦の前に現れ、こうアドバイスします。
「二本の矢を同時に射てください。そうすれば一本は温羅に命中するでしょう」
この助言通りに二本同時に射ると、みごと一本の矢が温羅の左目に命中!岩座から転がり落ちた温羅が慌てて矢を引き抜くと、傷口から流れ出る血で川が赤く染まりました。
Credit:
okayama-kanko.jp 温羅の血で赤く染まったと伝わる“血吸川”
これはまずいと思った温羅は雉に姿を変えて山中に隠れようとしますが、吉備津彦は鷹となり追い詰めます。そこで温羅は鯉に化けて今度は川に逃れますが吉備津彦は鵜に変身し、ついに温羅を捕らえたのでした。
変身能力は温羅だけでなく吉備津彦も持っていたようですが、俊敏さでは吉備津彦のほうが一歩勝っていたようですね。
骨になっても唸る!執念の鬼、温羅
吉備津彦は温羅の首を落とすと晒し首にしますが、それでも温羅の首は目を見開いて大きなうなり声をあげ続けます。そこで家臣に命じて犬に首を食べさせますが(犬がお腹を壊さなかったか心配です)、なんと骨になってもその声は止まりません!仕方なく釜殿に深く穴を掘りそこに首を埋めてみますが、それでもうなり声は13年間も響き続けました。
骨になっても土に埋めても声が聞こえるなんてちょっとやそっとのホラーではありません。近隣の人々はさぞ怖かったことでしょう。
ですがこの怪奇現象にも終わりが訪れます。あるとき吉備津彦の夢に温羅が現れてこう言ったのです。 「わが妻である阿曽郷の阿曽媛に、私へのお供えの御飯を炊かせてくれ。そうすれば幸いある時は釜を豊かに鳴らし災いある時は荒々しく鳴らして吉凶を告げよう」
このお告げ通りにしたところ声はおさまり、ようやく人々に平穏がもたらされました。
温羅には愛する奥さんがいたようですが、体が滅んでもなお彼女の御飯が食べたいだなんてよほど大切な女性だったのでしょうね。
現代も生きる温羅の霊と世にも珍しい鳴釜神事
吉備津神社には温羅の霊が眠る御釜殿という建物があり、今もお告げに従い釡を鳴らす「鳴釜神事」が行われているんですよ。この神事は多聞院日記という16世紀の記録に「備中の吉備津宮に鳴釜あり、神楽料廿疋を納めて奏すれば釜が鳴り、志が叶うほど高く鳴るという、稀代のことで天下無比である」と記されており、室町時代にもすでに「天下無比」とうたわれるほど有名な神事だったようです。
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Wikipedia国の重要文化財である御釜殿
御釜殿には常に火が灯された大きなかまどがあり、暗い室内に響く釜のうおんうおんという音がどこかもの悲しさを感じさせます。
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okayama-kanko.jp鳴釜神事
この神事は神官と阿曽女と呼ばれる巫女の二人で行われるのが特徴です。神官が祝詞を奏上し、阿曽女がセイロの中にお米をいれると「ぐおーんぐおーん」という大きな音が鳴り響きます。筆者も以前、吉備津神社を訪れた際にこの神事を見る機会を得ましたが、まさに鬼のうなり声といった重低音に驚いたのを覚えています。ですが建物全体を包むように反響する音には恐ろしさは感じず、むしろ神秘的なものに感じました。
管理人です!吉備津神社の鳴釜神事を映した動画が無かったので、他の神社のものですがご紹介いたします。
音としては近いと思いますので、参考まで。
【吉祥院天満宮 節分祭 鳴釜神事】
さてこの神事で重要な役割を果たすのが阿曽女と呼ばれる女性です。これは「妻である阿曽媛に炊かせてくれ」という温羅のお告げの名残で、今でも阿曽の郷出身の女性から代々選ばれているそうですよ。激しい戦いの末打ち滅ぼされた温羅ですが、愛した女性と同じ一族の女性が奉仕してくれるのはきっとうれしいことなのでしょうね。
この神秘的な鳴釜神事、なんと一般の方でも受けることができるんです。ただし吉凶はあくまで自分で判断するもので、「音が心地よく感じたら願いは叶い、不快に感じたら叶わない」とのこと。 もし悩みや願い事があるならば、今も眠り続ける温羅の魂に尋ねてみるのも素敵ですね(※神事を申し込む際は必ず神社のルールをご確認くださいね)
まとめ
いかがだったでしょうか?
岡山に残る温羅の伝説と、今も行われている神秘的な神事についてご紹介してきました。一説によると、「温羅はヤマト政権との覇権争いで滅ぼされた吉備の王様だった」ともいわれています。本来は高い製鉄技術を持つ集団のトップだった温羅が、ヤマト政権に滅ぼされた際に「鬼」というイメージで塗り替えられたというのです。
Credit:
photozou.jp「共生と融和」をテーマにした「おかやま桃太郎まつり」の“うらじゃ”
その真偽はともかく、今でも岡山の人々が吉備津彦も温羅も大切にしているのを見ると、筆者はこの地の人々のおおらかさと優しさを感じました。
みなさんもぜひこの地を訪れ、今も生き続ける温羅の魂とその伝説を感じてみてはいかがでしょうか?
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