東野英治郎(とうのえいじろう)は、俳優や随筆家として活躍した人物。劇団・俳優座の創設に関わったメンバーの一人であり、映画、テレビドラマ、舞台など300を超える作品に出演した。
彼の代表作として忘れてはならないのが時代劇『水戸黄門』。1969~2011年の放送の中で、1983年(1部~13部)まで初代・水戸黄門を演じており、これは本作において水戸黄門を演じた歴代の俳優たちの中で最も長期に及んでいる。
そうしたこともあり、水戸黄門と聞いて東野の印象を強く持つ人も多く、普段着の東野に対して土下座をした一般の高齢者までいたという逸話もあるという。実際、ドラマ水戸黄門における黄門様の好々爺的な特徴やイメージは、ほぼ東野によって築かれたといっても過言ではない。
実は、当初黄門様に起用予定だったのは東野ではなく森繁久彌だった。しかし、クランクイン直前になって東宝から、森繁の水戸黄門をやる予定なので出演させられないということで突然断られてしまい、出演が不可能となってしまった。

そうして急遽、新たに黄門役を捜すことになった末、初代助さん役を務めた杉良太郎の推薦によって東野が選ばれることになったという。結果として、ドラマ水戸黄門が東野の初主演作品となった。
「じゃがいも黄門」と呼ばれ親しまれ、絶大な人気を誇った東野演じる黄門様。その人気ぶりは、第9部の最終回でシリーズ最高視聴率となる43.7%を叩き出したということからも伺えるだろう。
東野の黄門様の最大の特徴と言えば、「カッカッカッ」という独特の笑い方だ。だが、この笑い方はいっときの言動によってすんなりと定着していったというような代物ではなかった。
当初は、どうしても納得のいく笑い方ができないということで東野は非常に苦悩していたらしい、そのせいで周囲にあたってしまうことすらあったとのこと。それを見かねた息子(東野英心)が付き人となって支えたことでなんとか持ちこたえ、およそ3年の月日を経てこの笑い方が確立されたという逸話もある。
笑い方一つにそこまでのこだわりを見せたのも、ひとえに初めての主演抜擢ということからの熱意によるものであったのかもしれない。
【参考記事・文献】
・https://ameblo.jp/nostalji/entry-12831444476.html
・https://entertainment-topics.jp/30776
・https://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20110716-805736.html
・https://www.entertainment-topics.jp/137072#headline_4314374
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