「さっちゃんは、さちこっていうんだほんとうはね。だけど、ちっちゃいから自分の事、さっちゃんって呼ぶんだよ♪」
この名曲「さっちゃん」は誰しも幼き頃、くちずさんだ事がある。この歌には奇妙な都市伝説がある。
実は「さっちゃん」の歌には、幻の4番があるのだ。その4番とは、歌の主人公・さっちゃんが交通事故でなくなり、遠く(つまり、死後の世界)にいってしまう。だから、大好きなバナナも食べられないという歌詞であるらしい。だが、あまりにも悲劇的な歌詞の為、4番はカットされ長らく幻とされてきたという。
このような噂が平成以降、大規模に広がっていた。また中にはこんな後日談も加わっているバージョンもある。
この4番の歌詞を知った者の枕元には、亡くなった「さっちゃん」が立ち、恨み言を述べる。この災いを防ぐには、枕元にバナナを置いて寝るのがよいらしい。
この風聞に対しNHK「日本人の質問」という番組に出演した作詞者・本人がインタビューで答えている。『さっちゃん』とは現実に存在する人物で、モデルがいる。作者の家の近所に住んでいた5歳ぐらいの女の子であるという。
ちなみに2番歌詞にあるバナナが大好きというのは、作詞者本人の事であり、さっちゃんの事でないという。勿論、バナナが食べられないという設定は、そのまま引越という意味で解釈するのが正しいらしい。
つまり、さっちゃんは「バナナが好きでもない」うえに、「今も存命中のモデルがいる」という事なのだ。
考えてみれば「さっちゃん=幸」という名前が逆に不幸・怪異を招くのであろうか。これは余談だが、JR船橋駅改札前にある待ち合わせスポット「さざんかさっちゃん」という像が夜中に動くという都市伝説がある。やはり、都市伝説ではさっちゃんは幸薄いのだろうか。
このように童謡には不気味な解釈が付加する事が多い。「あぶくたったにえたった」とは、飢饉の時に人間を煮て食べてしまうという歌らしい。その証拠に、不可解な台詞がある。
「あぶくたった煮えたった♪煮えたった。煮えたかどうだか、食べてみよ♪むしゃむしゃむしゃ♪」
想像すると背筋に寒いものが走るのは私だけであろうか。
他にも奇妙な噂のつきまとう童謡はある。
「とおりゃんせ、とおりゃんせ、ここはどこの細道じゃ、天神さまの細道じゃ、どうぞとうししくだしゃんせ♪」
この「とおりゃんせ」は多くの子供たちに歌い継がれている名曲である。この歌の舞台は、埼玉県川越市にある三芳野神社(807年建立)だと伝えられている。1457年川越城を築城するとき、城内に鎮護の宮として取り込まれた。城の守護神となったものの、近在の者の信仰の対象でもあり、周辺の庶民の参詣はあとを絶たず、不審者を尋問する番兵と参拝者の間ではトラブルが多々生じたという。その為、このような歌が歌われたらしい。
とりあえず、上記の説が有力だが、他にも
「江戸から逃げようとする出女を歌った歌」
「荒神に少女を生け贄にささげないといけない母親の心情を歌った歌」
「天神様の巫女に選ばれてしまった娘に会いにいく、母親の歌」
「7才で死んでしまった娘に、黄泉の国に会いにいく母親の歌」
などがあげられ、歌詞の謎を深めている。
どうも童謡には幼き女児が、命をおとしてしまう。或いは親元を離れてしまうという解釈がされがちである。弱者である少女たちは、歌で主張・反論するぐらいしか表現方法はなかったのであろうか。
なお、ATLASで紹介してきた童謡に関する都市伝説は、「およげ!たいやきくん」は会社員哀歌、「とおりゃんせ」に込められた怖い意味、「かごめかごめ」に込められた悲しすぎる話、山口敏太郎が聞いた隠れキリシタンの歌?「でんでらりゅうば」、本当は怖い、童謡に関する都市伝説、「楽しいひな祭り」の替え歌地域バージョン、パーマ大佐の替え歌、森のくまさんが高額取引 などが人気のアーカイブだ。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)
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