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『がきデカ』作者も勝ち目なしと激白?!『マカロニほうれん壮』の壮絶な終焉

『マカロニほうれん壮』は、1977年から79年まで週刊少年チャンピオンにて連載されていた、漫画家・鴨川つばめによる漫画作品。

下宿「ほうれん壮」での一人暮らしを始めた高校生の主人公が、2人の落第生による常識のない言動に振り回されるという設定のギャグ漫画であり、当時は絶大な人気を誇った。

メインキャラクターである、主人公の沖田総司(おきたそうじ)、落第生の金藤日陽(きんどうにちよう・きんどーさん)、同じく膝方歳三(ひじかたとしぞう・トシちゃん)は、名前からもおわかりの通り新撰組のメンバーである3名の名前からインスパアされている。

ただ、容姿についてはその限りではなく、きんどーさんは英国のロックバンド「セックス・ピストルズ」のジョン・ライドン、トシちゃんはイングランドのミュージシャンであるブライアン・フェリーがモチーフである。

本作では、展開ごとに着ている服が違っているとすら言えるほどにファッショナブルな描写となっているほか、作者のロックとミリタリー、そして特撮怪獣モノへの熱が凄まじいこともあり、随所にパロディと薀蓄がもたらされている。こうしたこだわりから、兵器などの描き込みについては尋常ではなく、中には1ページまるごと使って戦艦を描き、主砲の一斉射撃によってツッコみを入れるといった描写すらある。

扉絵は、もはやアート作品と見紛うほどのセンスと完成度を有しているほか、かつて本作の原画展が開催された際、展示されている実際の原画を見た観覧客の(フキダシ以外の)”修正の跡が見つからない”という報告が話題となり、ファンをはじめ多くの人々の度肝を抜いた。

連載当時は、同雑誌に連載されていた山上たつひこの漫画『がきデカ』と並び、本誌を象徴する作品として双璧をなした。『山上たつひこ漫画家生活50周年記念号』ムック本での山上のインタビューによると、鴨川による「ほうれん壮」の登場は山上にとって自身の「ギャグ界の王者」「無敵のチャンピオン」という「自信がぐらついた」作品であり、さらに「勝ち目がないのはわかってました」「戦意すら喪失」してしまうほどの鴨川の力量に圧倒されたという。

しかし、気鋭の天才作家として、ギャグ漫画界の頂点にすら君臨するほどの絶大な人気を獲得した当の鴨川の漫画家生活は、あまりにも悲痛なものであった。

鴨川は、アシスタントを雇うことを「手抜き」と考えていた。そうした思想もあって、孤高のスタイルを貫き、睡眠も食事もとらずにひたすら自身の作品への情熱を追究していった。

だが、そうした生活に、心身が耐えられるはずもなかった。

また、いくら大人気の作家になったとはいえ当時の鴨川は”若手”扱い、そのため原稿料は著しく安かった。そのため、大ヒットとは裏腹に経済的には困窮しており、冬場は暖房が無い部屋でアカギレに腫れた手で漫画を描いていたという。

人気作ゆえのプレッシャーもあり、鴨川は幾度も編集に対し連載終了を打診するが、ことごとく却下された。ついには、マジックペンで入稿するといった鴨川の抵抗もあって編集側も折れ、とうとう「ほうれん壮」はわずか3年という連載を終えることとなった。

のちに鴨川は、「アウトプットばかりでインプットをするヒマがない」、それまで得たものすべてを連載の「3年間で使い果たした」、「連載が終わった時は、もうカラッポ」だったと語っている。

【参考記事・文献】
https://togetter.com/li/1231645
https://x.gd/ciIPn
https://x.gd/uOCjp
https://ameblo.jp/same1100/entry-12186081503.html

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【文 ナオキ・コムロ】

画像『マカロニほうれん荘【電子コミックス特別編集版】 1 (少年チャンピオン・コミックス)

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