海坊主とは、日本各地に伝わる海上に出現する妖怪である。海の妖怪としては船幽霊に並ぶ代表格であり、その特徴は色が黒く、船を転覆させたり人を海中に引きずり込むなど遭遇は不吉とされている。各土地の民俗資料や江戸時代の随筆においても特徴がおおよそ共通しており、海で亡くなった者の亡霊ではないかという風に唱えられている。
主な伝承としては次のようなものがある。
江戸時代の歴史家である柳原紀光(やまぎわらのりみつ)の著書『閑窓自語』には、和泉貝塚にて浜辺までやって来た海坊主の話が記載されており、その体は漆のように黒く、また半身だけを海上に出していたという。襲われてはいけないと地元では子供を外に出さないようにしていたほど警戒されていたが、三日ほどすると沖へ帰っていったという。
昔話のようなパターンもあり、江戸時代中期の大名・老中であった松平定信の著書『雨窓閑話』では、桑名屋徳蔵という船乗りが月末に船を出してはいけないという禁を破り乗っていると、3メートルもの大入道のような存在が現れたという。「俺の姿は恐ろしいか」という大入道の問いに、徳蔵が「世を渡る以外に恐ろしいものは無い」と言い放つと、そのまま大入道は姿を消してしまったという。
海坊主が変化する能力を有している説話もある。愛媛県宇和島には海坊主が按摩に化けて漁師の妻を殺したというものがあり、宮城県大島(現在の気仙沼市)では海坊主が美女に化けて泳ぎを挑んできたというようなものもあるという。
海坊主は、「海小僧」「海入道」「海法師」といった異称で呼ばれるケースもあるが、海坊主の一種として岡山県備讃灘に現れたという、海上で沈んでは浮かびを繰り返す玉のような妖怪については「ぬらりひょん」という名が付けられている。
いずれも伝承における海坊主の記載・記録であるが、比較的新しい記録とされている海坊主遭遇談もある。1974年に、日本の遠泳漁業船「第二八金毘羅丸」の乗組員たちがニュージーランド南島沖合を航行中、奇妙なものが海上に浮かんでいるのを目撃した。その存在は、頭部だけを海面に露出した奇妙な生物に見え、しばらく対峙したのちにそのまま海中へと姿を消してしまったのだという。
この出来事は、ニュージーランドの情報誌を経て日本でも報じられ、乗組員の「カバのようなでかい怪物」という証言から「カバゴン」と呼ばれ、現在ではUMAの一種として知られている。ぎょろりとした両目に褐色がかった灰色の頭部というその風貌は、まさしく伝承に残る海坊主に酷似したものであったといえるだろう。
海坊主については、入道雲などの誤認もしくは海上での幻覚といったものが考えられているが、実際になにかしらが存在していたという説は根強い。先のカバゴンについては、鼻先を天に向けたアシカに似ているという意見から、海生哺乳類の誤認だったのではないかとの説もあり、伝承の海坊主も、こうした海生哺乳類のアザラシやトドのようなものが正体である可能性は高いだろう。
漁民たちの持つ海の過酷さや畏怖の念、そして広大な海の持つ果てしない未知の世界観などが、海坊主を形成していったことは間違いないだろう。
【参考記事・文献】
村上健司『日本妖怪大事典』
水木しげる『日本妖怪大全』
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【文 ナオキ・コムロ】
画像 ウィキペディアより引用