東日本大震災の8か月後、仙台上空に現れた数百の白い浮遊物体 

投稿 ゴンベッサさん

敏太郎さんこんにちは。初めまして。福島県在住のゴンベッサと申します。アトラスラジオ、欠かさずくまなく聞かせていただいております。

僕は山口さんと同じ昭和41年生まれ、不可思議をこよなく愛する男です。数年前には子どもの頃からの憧れだったネス湖を訪れ、ネス湖の水に手を浸しネッシーとの交信を果たして来ました。(交信出来たと僕は信じています)ネス湖周辺の宿泊施設は常にどこも満室状態で、唯一空きがあったのは中世時代領主の館でした。後で知ったのですが、その館は幽霊屋敷ゆえに空きがあったために予約が取れたようでした。(笑)

その館で、僕はとてもリアルなデジャヴ体験をしました。が、それは別なお話しです。

今回メールさせていただいた、本題に入らせていただきます。先日のコロルさんの体験談を聴きながら、僕のこの話も敏太郎さんの記憶の中に留めておいていただこうと思いメールを打ち込み始めました。

これは東日本大震災がおこった年の初冬に体験した出来事です。




僕は画家を生業としながら下は幼稚園児から上は80歳の方までを生徒さんとする絵画造形教室を主宰しています。

9年前の震災の日も教室の準備をしながら子どもたちが来るのを待っていました。しかし、唐突にやって来た大きな揺れにより日常は一瞬にして消失しました。

福島の不運は原発事故が起こったコトです。原発の事故報道が次々流れたあの夜以来9年がたった今日まで、自主避難の名の元に県外へと逃れたまま連絡も取れず姿どころか声すら聞くコトも出来なくなって仕舞った子どもたちがいます。

地震以上に原発事故が日常の全てを奪って行ってしまったのです。震災発生から数ヶ月間の出来事はあまりにも長くなりすぎるので、割愛して話を進めます。

地震から半年後の展覧会に作品を出品するコトになりました。生徒さんたちと毎年出品している展覧会です。その年は中止も検討されていたようですが「こんな時だからこそ!」との主催者側の決断で通常の開催となりました。

展覧会場は宮城県仙台市です。仙台へは毎回東北自動車道を利用します。仙台宮城インターで高速を下り、長いトンネルを幾つか抜けて市街地へと入ります。

2011年11月27日日曜日、通り馴れた道ですが、その日は何かが違っていました。市街地が近づくにつれ突然カーナビが次々と違う地図画面に切り替わり始めたのです。

それはトンネルを抜けるまで続きましたが走行に支障は無かったので「おかしいな?」「こんなコトは初めてだな」くらいにしか思わず調節もせずそのまま放っておきました。

トンネルを抜けると信号機があり、たいがいは赤信号で止められます。その時も赤信号で停車しました。(カーナビの画面は通常に戻っていました)

そして、ふと空を見上げて僕は思わず「うわっ!」と叫んでしまいました。

ビルとビルの間に広がる空いっぱいに、クラゲのように乳白色で半透明の球体が無数に浮かんでいたのです。

時刻は午前11時頃、陽光は眩しく、空は晴れ渡っていました。青空を背景に球体は見間違うコトなくハッキリと存在していました。それらの球体は、金属がするように陽光を反射してはいませんでした。

なんと表現すれば良いのか?まるで光を吸収して内側からぼんやりと発光しているかのようでした。

初めは白い風船かと思いました。しかし風船にしては数が多すぎるし、風に流されて一斉に同じ方向へと動くワケでも、上へ上へと昇って行くワケでもなく、等間隔を保ちつつもバラバラの方向に動いている集団もあれば、その場に静止している球体もありました。

僕は携帯電話のカメラを起動させ「うわっうわっうわっ」と叫びながら何度もシャッターを切り続けました。

そのとき車には友人が一名同乗していました。しかし、友人は僕が大騒ぎしながら写真を撮るのをただいぶかしげに見つめるばかりなのです。

「ほら空のあそこに空のあそこにたくさんの球体が!」

と、指でさし示しながら僕は叫ぶのですが、友人は「何も見えない」と言うばかりなのです。




そんなコトありますか?その球体はビルとビルの合間の空いっぱいに無数に浮かんでいるのです。

信号が青に変わり車を発進させました。球体たちは同じ状態で空にありました。歩道を歩いている人も多数ありましたが、見るコトが出来ないのか?それとも友人同様球体が見えないのか?誰も空を見上げてはいませんでした。

幾つか目の信号機で止まった時に、球体たちは跡形なく忽然と消えていました。一つも残ってはいませんでした。長い時間目撃していたように感じましたが、2分、3分間の出来事だったのだと思います。

会場に到着し駐車場に停車するや否や、僕は携帯電話で撮った写真を確認しました。秋晴れの青空を背景に建物が写っているだけでした。写真に写っているのはそれだけでした。無数に浮かんでいた乳白色で半透明な球体は、一つも写り込んではいませんでした。

なんだかワケがわからなくなり僕の頭は混乱しました。

福島に戻ってからパソコンに写真を取り込みコントラストを調整したり、ネガを反転させてみたり、色々試してみましたがやはり写真には何も写っていないし、痕跡さえ現れてはくれませんでした。

その日のブログに写真を載せてその不思議な球体の目撃談を記しました。その日から数日間は、あの日あの時あの空に、同じ球体を見た人がいないだろうかとネット検索を続けましたが、そんな記事には行き当たりませんでした。

未確認飛行物体であるコトは間違いありませんが、あれは空飛ぶ円盤の類いではないと僕は思っています。色々と考えを巡らせ続けた結果、あの乳白色で半透明の球体は、震災で亡くなった方々の、魂だったのではないだろうか?

魂たちが昇天する場面に、僕は出会ったのではないだろうか?僕はそう思うようになったのでした。

長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。教室で起こった不思議と言うより怖すぎる「指輪物語」もあるのですが、それはまた別の機会に投稿させていただきます。

これからもアトラスラジオ楽しみにしております。僕にとってのアトラスラジオは、教室が終わってから始まる、自分の作品制作のおともです。(微笑)

(山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©inaka photo AC

 

関連記事

最近の投稿

ページ上部へ戻る