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大岡越前を演じた俳優「加藤剛」 スキャンダルとは無縁の”欠点の無い男”伝説

加藤剛(かとうごう、本名は同字で「たけし」)は、映画やドラマで活躍した俳優である。

時代劇『大岡越前』では主人公の大岡越前を30年の長きに渡って演じ、また不朽の名作と名高い松本清張原作の映画『砂の器』(1974)での出演でも知られている。2018年、胆嚢がんにより80歳で死去した。

昭和の俳優あるいは芸能人と言えば、現在では目を疑うような豪快なエピソードに溢れている印象がある。

しかし、加藤はというと、酒やタバコは全くやらず、夫婦仲や家族関係も良好という、そのような世代の中ではきわめて稀とも言えるほどスキャンダルとは無縁の人物であったと言われている。

昨今、デタラメであったり事実を歪曲したりといったメディア報道に対し、芸能人が訴えるということは珍しくないが、かつてはそのような形で報じられた側が「訴える」ということは、まず見られなかった。そんな中で報じるメディア側を訴えたのが加藤だったと言われている。

当時のメディアは、こちら側が訴えられるなどとは思いもよらず、備えも無かった。そのため、加藤に対して「下手な取材はできない」という雰囲気ができあがり、ドラマ制作発表の記者会見においても、加藤には必要以上に踏み込まないという、暗黙の了解が少なくとも一部の記者たちの中でなされていたと言われている。

そのような姿勢から、訃報に際しては「謹厳実直」とも評された加藤。その訃報を大いに嘆いた人物の一人である俳優の横内正(よこうちただし)は、かつて劇団俳優座で加藤と同期であった。

横内はのちに俳優座を退団したが、退団を決意させたきっかけは加藤にあったという。横内によると、養成所で初めて加藤と出会った際、あまりの美男子ぶりに心底驚いたのだという。両者は親しかったものの、横内の脳裏には「常に加藤が上にいる」という思いがぬぐえず、「加藤剛がいる限り自分は永遠の二番手だ」と、俳優座に所属し続けることの現実的な問題に直面した。

結果として、俳優座の先輩であった平幹二朗が、仲代達矢がいる限り劇団で上に行けないと思ったのと同様、横内も加藤という”欠点の無い男”がいる限り上に行けない、と思い立ったことでついに退団に至ったという。

実は、両者には不思議な縁もあった。加藤が大岡越前を長年演じたことは先にも触れたが、思い返せば、横内も松平健主演の『暴れん坊将軍』内ではあるものの大岡忠相役(初代)を19年間レギュラーで演じていた。これについて横内は、加藤と同じ役で「”競演”しているつもりで演じていました」と語っている。

加藤は、昭和の俳優として突出した豪快さは持っていなかったが、その誠実な姿勢は、劇中における「大岡越前」というヒーローと、現実の人間性が一致する稀有な人物と称されるほどであった。

【参考記事・文献】
https://showa-g.org/men/view/681
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/233039
https://hochi.news/articles/20180709-OHT1T50317.html?page=1
https://www.news-postseven.com/archives/20190825_1434072.html?DETAIL

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【文 ナオキ・コムロ】

画像 ウィキペディアより引用