怨霊の出現と連鎖する死、そして自害「土佐の七人ミサキ」【その四】

切腹した七人の家臣「七人御崎」怨霊が出現…土佐の七人ミサキ【その参】から続く




怨霊となった吉良左京進が久武内蔵介の元に到達したのだろうか、久武内蔵介の周辺で次々と怪異が起きるようになった。久武内蔵介には5才の子供があったのだが、ある日、見知らぬ老女が姿を現し、この子供を抱き上げた。

「可愛い子だね」

そう言われた子供は狂ったように大声で騒ぎだし、息絶えてしまった。家の者が大勢集まり、騒ぎ立てていると、いつの間にかくだんの老女は姿を消し、子供は息を吹き返した。

「これはただ事ではないぞ」

と僧侶を呼んで、祈祷するものの、再び子供が暴れだし、奇妙な事を言い始めた。

「何故このような者をそのままにしておくのじゃ」

そう叫ぶと、息絶えてしまった。この5才の子供の葬儀が終わり、7日目に今度は内蔵介の長男が大声で喚きだし、部屋に籠もると、自ら腹を切り裂いた。




狼狽えた内蔵介は、息も絶え絶えの息子に聞いた。

「何故腹を切ったのだ!?」

すると、息子は

「元親公の検使2名が来て、腹を切れとの命令をされた」

と言った。

(これは、左京進の祟りに違いない)内蔵介は自らの奸計を大いに悔やんだが、後の祭りであった。

この二人の子供の死が精神的に堪えたのか、妻もその夜自害してしまうのだった。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©PIXABAY

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