2013年頃に、Facebook上で急速に広まったのが「志村けんとビートたけしの美談」である。

 1986年のフライデー襲撃事件の直後から、謹慎中に収入が無くなったたけしやその家族、そしてたけし軍団の生活費3億円を志村けんが負担したという美談である。

 当時たけしと志村は、「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」と「オレたちひょうきん族」という土曜のゴールデンタイムで視聴率を争うライバル関係だった。それにもかかわらず、志村は敢えてたけしを支援した。そして謹慎がとけ、ビートたけしがそのお金を返済しようとすると、志村はこれを断りこのように言った。

「お金は返さなくてもいい、これからもお笑いをやってください。ライバルでいて欲しい」

この噂が広がった2013年、13万人以上が「いいね!」を付けており、事実として認識した人が多かった。元々はビートたけしの著書が出典とされているが、これが根も葉もないデマだったということが、後に判明した。

 2013年に当事者の一人であったグレード義太夫が否定コメントを出した。




「ね~、そんな『直接的な支援』しもされも普通しないよね。あれから30年、そんな話し1度も聞いた事無いもの…」「何かね、FBに『それ、ウソですよ!』なんて書くのも野暮ったいと思ったんだけど、黙ってる訳にも行かなくてさ、つい…」「当事者として言わせてもらうと『初耳』そう言う事実は無かったと思うよ、誰が流行らせたんだか…」

 筆者こと山口敏太郎のあくまで推論ではあるが、はるか昔、こんな美談が流布されていた。その美談が変容したのが2013年の話ではないだろうか。

 1981年、ドリフターズが窮地に陥ったことがある。仲本工事と志村が賭博で逮捕され、ドリフターズがテレビに出れなくなる可能性が浮上した。リーダーのいかりや長介も「8時だよ全員集合」打ち切りの覚悟を決めていた。だが、当時ライバルだった萩本欽一が、

「絶対に辞めちゃいけない。辞めるんだったら僕も一緒に8時だよ全員集合の最終回に出て、一緒に芸能界を引退する」

と言ってくれたのだ。この言葉に感動したいかりやはドリフターズの活動を存続する決意を新たにしたのだという。しかも、この話はいかりやの著作からの引用とされている。

 いかがだろうか。欽ちゃんがいかりやを助けた美談が、志村がたけしを助けた美談にいつのまにか進化し、都市伝説として流布したのではないだろうか。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ [DVD]』『オレたちひょうきん族 THE DVD 1983~1984(II)

関連記事

最近の投稿

ページ上部へ戻る