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「ばんばひろふみ」本格的に音楽活動を開始したのは学生運動がきっかけ

ばんばひろふみは、フォークシンガーやラジオパーソナリティで活躍する人物。フォークグループ「バンバン」時代に発表した「『いちご白書』をもう一度』(1975、以降「いちご白書」)、ソロ後に発表した「SACHIKO」のヒット曲で知られている。

実家は祇園の八坂神社近くにある茶屋であり、たびたび舞妓や芸者による宴会が行なわれ、座敷から三味線などの演奏が流れるような家であったという。そんなばんば自身は、習い事としてバイオリンをしていたという。

中学生の頃、その当時デビューしたてのビートルズの「Please Please Me」を聴いて以来ロックにハマり、その頃からギターを始めるようになった。高校時代にはバンドを結成したが、長髪姿かつバンドをやっているというだけで不良と思われていたそうだ。

音楽活動が本格化したのは彼が大学生になってからだが、これは当時の社会背景が大きく影響していた。

この頃は学生運動の最盛期でもあり、ばんばの通っていた大学もバリケードで封鎖された状態、入学してから2年ほどは大学の中に入ることができなかったという。これによって、彼は音楽三昧の日々を送ることができ、また友人に誘われたことがきっかけでフォークをやり始めるようになったという。

彼のその後を左右したのは、学生運動という社会背景によるものであったことは間違いないが、実は彼の楽曲の中にも学生運動に関連したものがある。

冒頭にも挙げた「いちご白書」。この曲のタイトルにあるこの「いちご白書」とは、1970年に公開されたアメリカの映画のタイトルであり、60年代のアメリカの大学生による学園紛争・反戦運動と青春を描いた作品となっている。この映画をベースとして、「日本の学生運動をテーマにした曲を作ろう」という思いから、この「いちご白書」は誕生した。

なお、この曲の作詞作曲を手掛けたのはユーミン(当時・荒井由実)であり、映画をもとにこの曲を作り上げた際に、楽曲オファーを依頼してきたバンバンに提供されることになった。

ところで、この歌詞には一つ謎とされている部分がある。それは「就職が決まって髪を切ってきた時」の一節。

普通は就職に臨む段階で髪を切るものではないかと思えるが、これについては「当時は会社の採用基準が甘かったため、長髪であっても就職活動に支障が無く内定も出た」という説と、「就職が決まったというのは多くの道が用意される中で、会社へ”就職することを決めた”という登場人物の決意だった」という説があるという。

先にも言ったように作詞はユーミンであるが、どのような意図を持ってこの歌詞を記したかはよくわかっていないが、これについてはばんば自身も疑問を持ったようであり、あるインタビューに対しては「超優秀だから長髪でも内定したということにしておきましょう」と回答していたという。

【参考記事・文献】
https://ameblo.jp/et5652/entry-12362230133.html
https://ss-writer-nyumon.net/?p=123
https://blog.sittoku.net/ichigohakushowo-mouichido.html
https://career-report.tokyo/bannba-hirofumi/

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【文 ZENMAI】

画像『ばんばひろふみ「SACHIKO/三日間の空白」【EP】