ロード・ウォリアーズは、1983年に結成されたアニマルとホークによるアメリカのプロレスラーコンビである。
共に身長190cm前後、体重も120kg越えという巨漢であり、モヒカンおよび逆モヒカンのヘアスタイルと顔面のいかついペイントという暴走族とも言えるスタイルで大いに活躍し、数々のタイトルを戴冠するなど一時代を築いた。
映画『マッド・マックス2 ザ・ロード・ウォーリアー』にインスパイアされたチーム名と共に、「シカゴのスラム街出身、年齢不詳、元暴走族、酒場の用心棒をしていたところをスカウトされてプロレス入り」というプロフィール設定を携えた彼らを象徴することになったのは、「秒殺」とも言えるプレイスタイルだったと言える。
1985年3月の全日本プロレスにて初来日を果たした彼らは、アニマル浜口&キラー・カーン組を3分39秒という非常に短いタイムで片付けるという衝撃的なデビューを飾ることとなった。
当時は、顔見世のテレビマッチなどでは主役選手が二流選手を秒殺するような展開はあったものの、通常興行にはまず見られなかったやり方であり、それを試みたのが彼らのコンビだったと言われている。
あまりに短時間では見せ場などの関係もあって物足りなさを感じてしまいかねないが、彼らの秒殺スタイルは「短時間での圧勝」という新たな見せ方を確立したとも言え、これを望むファンの声が大いに高まった。これはケーブルテレビの発達によって、会場でじっくりと楽しむよりもテレビで刺激溢れる試合を見たいというファンが増えたことが、このスタイルの成功の要因ではないかとも考えられている。
また、彼らのもう一つの見所は、劣勢に追い込まれそうになると文字通りの暴走を起こすことであり、もはや勝敗を度外視してやりたい放題した末にリングを後にすることも珍しくはなかったという。
こうしたことから、彼らは「暴走戦士」「超怪力暴走族」といった異名でも呼ばれるようになっていった。人気の熱狂ぶりはすさまじく、「世界一ギャラの高いタッグ」とも称されたほどだ。
マネージャーであるポール・エラリングなどを含めて様々な媒体で「ゴミ箱をあさりネズミを食べていた」「のどが渇けばガソリンスタンドでガソリンを飲む」といった”逸話”が提供され、プロレスファンであるケンドーコバヤシは子どもの頃はそういった話を信じ、「(マッチョになりたいから)ネズミを食べさせてくれ」と親に語ったこともあったという。
それほどに、ロード・ウォリアーズの荒くれ者というイメージは強烈なインパクトをもたらした。
ただ、その一方でヒールの宿命なのだろうか、「実はやさしい」という面が見え隠れしているエピソードにも事欠かない。
そもそも、モヒカン・逆モヒカンヘアや顔のペイントを施すことになったのは、ホークがあまりにやさしい顔をしていたために、それをカバーするためであったという。
暴走どころか、ポールによる食事指導やトレーニングにも律儀に守るなど、二人のプレイヤーとしての堅実な姿勢も知られていた。
また、ホークは豪放磊落な性格にアルコールも好んで朝まで遊んでいたほどにヤンチャ気質である一方で、アニマルは酒も飲まない上に早寝早起きだったと言われている。正反対の性格で、時に衝突もあった両者であるが、2人揃えば最強のタッグであったという自負は互いに意識していたようだ。
2003年、ホークが急死したことで事実上コンビは解散となり、2020年にはアニマルも死去。プロレス界に変革をもたらした名コンビは、不動の伝説となった。
【参考記事・文献】
・https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/othersports/fight/2024/07/18/post_31/
・https://www.npn.co.jp/article/detail/22454546/
・https://x.gd/Tkx1w
・https://ameblo.jp/jumpwith44/entry-12290092577.html
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【文 黒蠍けいすけ】
画像 ウィキペディアより引用