都市伝説

【都市伝説】泥棒が小説家に?

※以下は2020年03月の記事の再掲載です。

明治時代「泥棒作家」と呼ばれた小説家がいた。

この「泥棒作家」というのは何も、他の小説家からネタをパクるという意味の泥棒ではなく、本当に窃盗をして逮捕された小説家がいたのである。

1892年12月20日、神奈川県横浜市でひとりの窃盗犯が逮捕された。彼は堀本貞一という24歳の青年で、職業はなんと小説家だった。

堀本は「柵山人」というペンネームでいくつかの短編を発表していた人物で、この当時有名な作家だった尾崎紅葉や巖谷小波といった作家と親交を結んでいたという。

堀本は東京に生まれ、医者の長男として裕福な生活を送っていたが、かつては歯科医の勉強をしていたがものにならず勘当され以前から興味のあった文学の道へ。

医者では落ちぶれたものの、文学の世界では才能を発揮できたのか、次第に文壇では名前を知られるようになったものの、やはり生活は厳しいため貧しい生活が続いた。




そこで堀本は「元手のかからない」商売として、泥棒家業をはじめ自宅近所の金持ち宅に忍び込み金品を奪い、味を占めた堀本は東京および神奈川県を股にかける泥棒となった。

しかし盗品の質入れから足が付き、半年後に逮捕されることになった。

この時、文豪の森鴎外は「あれは小説家が泥棒になったのでない、平常から手癖の悪い男、泥棒が小説を書いて居たのだ」と仲間に語ったという。

堀本は出所後、筆を折り、小説家も泥棒も辞めてしまったという。

その後30年以上が経過した1931年、堀本と親交のあった編集者の宮武外骨は彼の才能を惜しみ「彼の親友だった尾崎紅葉と巖谷小波の全集を出版したので」という理由で、「柵山人小説全集」を企画。短編6編153ページの薄い全集ながらも出版されている。

(文:江戸前ライダー ミステリーニュースステーション・ATLAS編集部)

Andreas ZapfによるPixabayからの画像