溝口祐二は、30代の会社員である。東京近郊にマイホームに住む溝口は中央線で都内の会社まで通っていた。
自宅付近の駅には毎朝奇妙な老婆が姿を見せていた。駅のホームでストローを持って徘徊しているのである。
(一体この婆さん、何者だ?)
溝口は若干の軽蔑を持って老婆の姿を見つめた。うつろな目は遠くの中を見つめている。
「可哀想な老婆だ」
溝口は吐き捨てるように言った。
ある朝、ついに事件が起こった。
その日はいつもより早く溝口は家を出た。会社に早く出勤し、たまっていた仕事を片づける為である。
するといつもの老婆が、駅のホームに佇んでいた。あの婆さん、こんな時間から駅をうろついているのか。溝口はまるでいやなものを見るかのごとく顔を背けた。
すると、溝口の耳に不快な音が聞こえてきた。
≪ずずーっ ずずーっ≫
何かを吸う音である。
(不快だ、いや耳の奧に響き渡る気味の悪い音だ)
溝口は音の方に顔を向けた。なんとあの老婆が 駅に設置してあるタンつぼにストローを突っ込み、中のモノを吸っているのだ。
(なんだあの婆さんは!)
溝口の悪寒は全身に達した。
「やめろー」
溝口はいつしか叫んでいた。老婆はにやりと笑うと吸う事をやめた。そして溝口に近づいてきたのだ。手にはあのストローがある。老婆はストローをなすりつけるように溝口にしがみついてきた。
「ういいいいっ」
「離せ、触れるな」
狂ったように、溝口は老婆を払いのけた。
老婆はまだにやにや笑っている。背広にはストローから落ちた汚物が付着している。溝口はパニックになりながら、喚いた。
「こんなもの吸うな、もっとまとなものを吸え」
老婆は再びにやりと笑った。溝口は老婆を突き飛ばすと、来た電車に飛び乗った。気持ちが動揺してしまったのであろうか。その日の仕事はめちゃくちゃだった。お客は怒らすし、上司にはどやされた。
(これもあの婆さんのせいだ。ちくしょうどうしてくれる)
その夜、溝口はしたたかにやけ酒をのんだ。ぐでんぐでんとなり家路についたのだ。駅からの帰り道、今度は悲惨な事に車に跳ねられてしまったのだ。頭をしたたかに打ち、緊急手術を受け、どうにか一命はとりとめた。しかし、手術をした頭には包帯がまかれている。
その夜は溝口は奇妙な音で目が覚めた。
≪ずずーっ ずずーっ≫
あの音である。あの婆さんの吸う音だ。溝口は恐怖で硬直した。
あの婆、今度は何を吸っている。溝口は壁にかかっている鏡を見て愕然とした。
あの老婆がストローで吸っていたのは・・・溝口の頭の傷口であったのだ。
老婆は、包帯をまかれた頭部にストローをさして吸っている。
「やめろ、オレの傷口を吸わないでくれ」
溝口の絶叫もむなしく、毎晩この老婆は姿を見せ、頭部の膿を吸ったという。
溝口は証言する。
「あの老婆は私の幻覚だったのでしょうか」
(山口敏太郎事務所 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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