妖怪

腹出し踊りをして人間に幸運をもたらす不思議な妖怪「はらだし」

妖怪には、人の行いを邪魔したり、人を驚かせ困らせたりするものがいる一方で、人に何らかの幸運をもたらすものがいる。後者であると、座敷童などが代表例と言えるかもしれないが、幸運というよりは愉快さをもたらせてくれるものもいるらしい。はらだしという、妖怪もそのうちの一つと言えるだろうか。

はらだしとは、オカルト研究家・怪奇作家である佐藤有文の著作で紹介されている妖怪だ。

『いちばんくわしい日本妖怪図鑑』での紹介によると、はらだしは大きな顔から直接手足が付いた姿をしており、にやけた目つきや口元をしている非常にインパクトの強い妖怪となっている。

解説によれば、夜中、はらだしが現れた際に酒をごちそうすると非常に喜び、”はらだしおどり”をして見せてくれるのだという。「その人にはきっとよいことがおこる」という、必ず起こるとは言っていないところがなんとも可笑しさを醸している。姿もそうだが、この解説文そのものもかなり特殊と言えるだろう。

同書では、「頭がおなかほど大きい女の妖怪ではらだしの仲間」として、別の挿絵も紹介されている。その絵では、胴体と同じくらいに大きな頭部の女が、その頭に布のようなものをかぶり、上半身裸の状態でニヤリと笑っている様子が見て取れる。同じ佐藤の著作『お化けの図鑑』でも、はらだしは紹介されているが、なぜか掲載されているのはこちらの女の方のみとなっている。また、こちらは「《はらだしおどり》をみせて幸運をもたらす」と明確に語られてあり一安心だ。

さらに、佐藤の著作『妖怪大図鑑』では、とても陽気な性格で、悲しんでいる人間を慰めてくれるという情報が追加されており、だいぶ人間の感情に寄った存在として解説されている。なお、本著では「腹出し」と漢字表記になっている点が先の2つの文献とは異なっている。挿絵は専用のイラストレーターを起用しているようであり、先の顔に手足のついたはらだしに、さらにハチマキが加えられている。

さて、この顔に手足のついたはらだしと、はらだしの仲間であるという顔の大きな女、それぞれのデザインについてはいずれも出典が明かされていない。粕三平の『お化け図会』では、山東京伝の著書『浮牡丹全伝』の中に、歌川豊広が描いた「伯州船上山古寺之怪」(はくしゅうふねのうえやまふるでらのかい)という絵があり、「はらだしの妖怪」という解説がされている。そこには、さらけ出した上半身の胴体に、頭部とは別の大きな顔がある存在が描かれている。

本書は、佐藤の著作が参考資料として使用されていることは間違いない。しかし、佐藤がこの絵をはらだしとして扱った例は見受けられず、粕自身が腹を出している妖怪ということではらだしの一種であると見なして解説したものであるかもしれない。

佐藤の妖怪の著作には、古い絵巻などで描かれている実証が確認されないものが多い。そのため、このはらだしに関しても、佐藤の創作妖怪であるとの見解が現在のところ有力となっているようである。渋川へそ祭や北海へそ祭など、腹に顔の絵を描いて踊る「腹踊り」の行事は各地に存在する。

顔に直接手足が付いているデザインではどう見ても腹など無いはずなのに「はらだし」と称されているのは、そうした催しをもとにして創作されたのだろうか。

【参考記事・文献】
佐藤有文『お化けの図鑑』
佐藤有文『いちばんくわしい日本妖怪図鑑』

続『妖怪大図鑑』
https://fucoidankichi.blog.fc2.com/blog-entry-49.html

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【文 ナオキ・コムロ】

画像 ウィキペディアより引用