妖怪・幽霊

【実話怪談】したたる

 ある男性が大学時代に体験した話である。

 ある講義が早くに終わった日のこと。彼は複数の友人と、大学の近くのアパートに住んでいる友人の家に寄った。どうせだから遊ぼう、どっかで晩飯食って……じゃああそこのダーツバー近いで、等とたわいもない話をしていた時。

 ーーーぱたっ。
 「?」
 微かな音がして、彼は後ろを振り向いた。水、しずくがしたたり落ちたような音。




 ああ、蛇口から漏れた? と思ったが、台所のシンクは遠く、水気がない。それにステンレス製のシンクに落ちたような音ではなかったし、自分のすぐ後ろでしたのだ。

 雨漏り? 

 友人のアパートはそこそこ家賃が安く、しかしそれも納得できるような狭く古びたアパートだった。大家はリフォームしてるって言うとったけど、あれ嘘やわ。だってちょびちょび雨漏りするし、と笑いながら友人が言っていたのを彼は思い出した。なるほど、畳には雨漏りの跡らしい染みが幾つか見える。しかし、近くに真新しい水を零したような跡などは見受けられなかった。

 彼は少し腑に落ちなかったが、やがて友人らとバカ話で盛り上がり、気のせいだと言うことにしてしまった。

 さて、ダーツバーからの帰り道。アパートに住んでいる友人が「お前ら泊まってってくれん?」と言い出した。確かに酒も入って少し遅くなったが、終電にはまだ時間もある。「なんで?」とみんなして彼に尋ねた。

 「あの部屋、なんか気持ち悪いねん」
 彼曰く、一人でいると背後に視線を感じたり、夜寝ていると金縛りに遭ったりはしょっちゅうだという。
 「あと昼でも夜でも、水か何かが畳の上に落ちる音がしょっちゅうすんねん」
 「あ、俺も聞いた」「俺も」

 聞いていたのは彼だけではなかった。全員、タイミングは違ったが彼の座っていた所の後ろ辺りに、水がしたたり落ちたような音を聞いていた。

 「何か出るんちゃうん?」「いや。キショイけど全然。大家も何も言ってへんかったし」
 「見てないんならええんちゃうん」「う~ん……それもそっかな」

 友人は取りあえず納得してアパートに帰った。
 だが、彼はそれから案外早くにアパートを引き払った。理由は、梅雨に入って酷くなった雨漏りと、彼の彼女が見たある物のせいだったという。

 実は彼女は霊感があった。初めから妙な雰囲気のするアパートだと思っていたが、彼女は彼氏の部屋に入るなり悲鳴を上げてアパートから逃げ出してしまった。

 表の道に座り込み、泣きじゃくる彼女をファミレスで介抱しながらようやっと聞き出した話によると、あの部屋にはどうやら「女がいた」らしい。

 薄汚れた服、長い黒髪。腕も脚も力なくだらんと下がっていた。髪に隠れて顔はよくわからなかった……いや、女の顔は真っ黒で、どんな顔でどんな表情をしているのかまるで判らなかったという。中空にぶら下がったマネキンのような女は、首をかしげたような形で妙な角度に傾いだ首を、むりやり彼女の方に曲げた、ように見えた。動くと共に、女の体がゆっくりと回る。その度に。

 ーーーぱたっ。
 ーーーぽたっ。

 微かな、滴る音が部屋に響いた……

 それを聞いて、今までの水音や居心地の悪さを理解すると同時に、もう部屋に戻る気が失せたという。




 引っ越しが終わった跡で、大家や不動産屋に問いただすと、不動産屋が他言しないことを理由に重い口を開いてくれたと言う。
 「ずっと前なんやけど、あの部屋に住んどった女の人が自殺したらしいんやな。遺書はなかったけど、寂しいとか死にたいとかいっぱい書いてあるノートみたいなんあった言うてたから、ノイローゼかなんかやったんちゃうかな」

 そして、彼女は夏場に首を吊った。

 「身寄りもなくて、友達も少なかったとかですぐには気づいて貰えんかったんやと。で……吊ったん夏やで? しかも閉め切った部屋で……だから半月後、異臭騒ぎでやっと見つかったらしいわ」
 彼女が首を吊ったのは、彼氏が『したたる音を聞いた』その上辺りだったという。
 「判るな? あの『音』が何か……あの女が動く度にしとった、つう事は……」

 ……女性の遺体は、目も当てられないほど傷んでいたと言う。黒ずんだ液体や蛆などで部屋の中は滅茶苦茶になっていたらしい。

 暫くしてアパートは老朽化のために取り壊され、鉄筋のマンションが建った。そのマンションには、変な噂も何も無いという。

(ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)