事件

外国人の妾となり嘲笑された女性「唐人お吉」の物語はどこまで真実?

黒船が来航して3年後の1856年7月21日、伊豆下田港にアメリカの領事館タウンゼント・ハリスの乗るサン・ジャシントン号が上陸。下田の玉泉寺に宿所をおいたハリスに対し、下田奉行所の役人たちは彼の世話役としてとある女性を任命した。

その女性とは、お吉という芸者だったという。

船大工の次女として生まれたお吉(本名:斎藤きち)は、幼い頃に下田へ移り住んでから14歳で下田一の人気芸妓となった女性であったと言われている。ハリスは当時50代で胃潰瘍持ちであり、看護をしてくれる女性を希望していたそうだが、役人たちはこれを愛妾の要求と解釈し、そのために選ばれたのが芸妓のお吉であった。

妾としての抜擢は彼女にとって不本意なものであり、実は将来を誓った男性もいた。泣く泣く役人の指示に了承しハリスのもとへ赴くことになったものの、看護目的ではないということからわずか3日で解雇されるに至った。

しかし、そのような事情を世間は知る由もなく、彼女を「らしゃめんおきち」「唐人お吉」と呼んで好奇の目で見ることとなった。

「らしゃめん」とは綿羊を表す語であるが、当時は俗に外国人に体を提供する女性の蔑称として使用されていた。「唐人」も、異人(外国人)を表す語であり、毛唐メカケの意味で彼女を「唐人お吉」と呼んだようである。

その後、迫害を受けたお吉は、かつて将来を誓った男性と偶然に再会し所帯を持つも、いさかいが絶えずに離縁、小料理屋を始めるもすぐに破産、次第に酒浸りとなって体を壊して物乞い同然となり、1891年、彼女はある豪雨の夜、下田街道沿いにある稲生沢(いのうさわ)川の淵に身を投げ命を落とした。

彼女の飛び降りたその場所は、お吉ヶ淵と呼ばれている。

このお吉の物語は、もともとほとんど知る人はいなかったが、1928年に小説家である十一谷義三郎作の『小説・唐人お吉』で一躍広く知られることとなった。しかし、唐人お吉の物語は事実とフィクションが混在しており、実際とは異なった形で広まってしまっているという反論が現在も絶えない。

実説と呼ばれている内容によれば、ハリスが来航して妾を要求、そこにお吉が選ばれるも将来を誓った男性との間を引き裂かれたことによって開き直った態度となってしまい、その後ハリスがアメリカへ引き揚げる1862年までの5年間らしゃめんとして勤めたということになっているようだ。

だが、ハリスは頑固なピューリタンであったと言われており、そのような強固な禁欲主義者が妾を要求するかという点に疑問がある。

また、アメリカのジャーナリスト・小説家であるカール・クロウの『ハリス伝』では、お吉そのものが創作、いわば架空の人物であると記されているが、下田町役場にお吉がハリスの妾として雇われた支度金・給料の書類が見つかっている。

これは、ハリスの日記や彼に仕えていたヒューケンスの日記にも記述が無かったことが理由となっているそうだ。ハリスの日記では、お吉が居た期間を前後して数日分の記述が空白になっているのだが、のちにハリスの孫姪が抹消していたことが明らかになっているという。

作家の八剣浩太郎は、20代のヒューケンスがそうした女性を希望して自ら選定したものの、ハリスがお吉を”みだらな”女性と知って腹を立て追い返した、しかしお吉は「異人の妾」という世間の目ですでに一家諸共稼ぎができなくなることを危惧し、なんとか継続して働かせてもらうよう懇願するも結局聞きいられなかったと説く。

不思議なことに、当時ハリスが宿泊所としていた玉泉寺では、お吉を含めお福など計5人が侍女として勤めていたというのだが、お吉以外の女性たちにはこうした迫害の話が全く聞かれていないという点だ。このほか、唐人お吉と称されている顔写真もあるが、撮影時期や年齢が合わないことから偽物ではないかとも見なされている。

唐人お吉の実相は、役人の解釈に翻弄されたことでハリス側と行き違いを起こしたことで自暴自棄となり、破滅へと追い込まれた一人の女性のストーリーであったのかもしれない。また、そのことによって人が変わったようになってしまったことが、彼女一人がやり玉として嘲笑されてしまう事情に繋がった可能性もあるだろう。

唐人お吉のストーリーは、異なった意味での「悲劇」と言えるだろう。

【参考記事・文献】
八剣浩太郎『奇伝江戸人物誌』

「お吉物語」その虚構と真実
https://www.izu-gyokusenji.or.jp/okichi/
お吉ヶ淵
https://japanmystery.com/sizuoka/okiti.html
「唐人お吉」米国人ハリスの愛人として後ろ指さされた哀しい女性の生涯
https://sengoku-jidai-kassen.com/edojidai/20170925/

【アトラスニュース関連記事】
江戸時代に起きた心霊事件 連綿と続く怨念の系譜 日本三大怪談「累が淵」

女スパイ「マタ・ハリ」、フランス政府の陰謀によってつくられた虚像だった?!

【アトラスラジオ関連動画】
口裂け女のルーツは朝鮮半島だった!?

【文 黒蠍けいすけ】

画像 ウィキペディアより引用