ペロリ太郎は、水木しげるの著作で紹介された妖怪の一つである。容姿は人間のようであるものの、二頭身と思えるほどに大きな頭とでっぷりと出た大きな腹の胴体に、下半身は腿・膝・脛などを省いた”足”だけで描かれている。
最大の特徴は、左右で目の下瞼を目で引き下げて舌を出しているという、いわゆる「あかんべえ」の表現をしているところだ。
水木の解説によると、昔、ペロリ太郎というとてつもない大食いの若者がおり、1回の食事にて20人前ですら軽く平らげてしまったのだという。一日中食べてばかりのペロリ太郎を手に負えなくなった両親は、とうとう彼を家から追い出してしまったのだが、今度は道行く人に食べ物をせがむようになった。それでも腹が満たされなかったペロリ太郎は、人間を食おうと考えるようになり、以来人々はペロリ太郎に出会うと逃げ出すようになったのだという。
このペロリ太郎、実のところモチーフがあり、松井文庫所蔵『百鬼夜行絵巻』の中で「べか(べくわ)太郎」と記され描かれた妖怪の姿ほぼそのままである。妖怪の絵巻物にはありがちだが、この妖怪についての説明は何もなされていない。
ただ、「べか」とは、まさにこの妖怪がやっている仕草「あかんべえ」の別の呼び方であることから、そもそもはあかんべえをしている妖怪だということが容易に知ることができる。山口敏太郎は、「べか」を「ぺろり」と誤読したために、大食いという設定を創作したのではないかとの説を唱えている。
さて、「べか太郎」そのものはなぜあかんべえをしているのだろう。水木の解説に次のような一文があることは興味深い。『江戸時代には《魔除けの巻物》と称する巻物があり、その中に10匹くらいの妖怪が描いてある。ぼくも5、6本見た』(日本妖怪大全)。水木によるとその中にべか太郎(水木は「ペロリ太郎」と言っているが)も入っていたという。
魔除けの巻物にどうしてべか太郎が含まれているのか。実のところ、これをペロリ太郎の大食いから推察することは難しいものの、べか太郎の最大の象徴である「あかんべえ」を見れば辻褄が合う。
あかんべえは、相手を侮辱するしぐさとして広く認知されているが、そもそもは魔除けの一種であったと言われている。瞼裏や舌は赤色をしているが、赤は生命力などを表す色として強い魔除けの効果を持つと言われており、また舌や瞼裏、そして大きく白目部分を出すということは、隠れているものをあえて表に出すことで裏表がアベコベになる、これによって強い呪力を放つという意味合いを持っているという。
魔除けの巻物にべか太郎が入っていたというのはあまりにも妥当なのだが、そんな魔除けの仕草を、大食いであるペロリ太郎がそのまま引き継いでしまったというのは、少々奇妙ではある。
幽霊の定番ポーズに手を垂らすものがある。これには、江戸時代に幽霊劇での役者が白粉を塗りたくることで鉛中毒となり神経麻痺を起こしたものとの説のほか、手の甲が陰陽の陰を表すことで、自身を陰の存在と相手に知らしめて「うらめしい」と訴えるとの説もある。
ペロリ太郎があかんべえをしたまま相手に食物をせがもうとするのは、彼にとっては飯を恵まない相手が悪しきものであるため、それを制しようとする陽(いわば欲求)の暴走を描いているということになるのだろうか。
【参考記事・文献】
加門七海『お咒い日和』
ペロリ太郎
https://misarin.net/youkai/frame/honbun/105407.htm
べか太郎
https://dic.pixiv.net/a/%E3%81%B9%E3%81%8B%E5%A4%AA%E9%83%8E
【アトラスラジオ関連動画】
【文 黒蠍けいすけ】
画像 ウィキペディアより引用