パワースポット

岩手の寺院に祀られる謎の木彫り像「マルコ・ポーロ像」とは?!

岩手県盛岡市にある曹洞宗の寺院「報恩寺」。ここには、14世紀後半に創建されたこの寺院には、市の指定文化財としても知られる羅漢堂の木彫り像群「五百羅漢」が存在している。1731(享保16)年に京都から9人の仏師が訪れ、4年の歳月を費やして彫られたと言われており、499体が現存している。

五百羅漢は、姿勢・ポーズや表情の豊かな像が整然と並んでいる。その中で、周りの像とは服装などの雰囲気が異なるものが2体あり、それぞれ「マルコ・ポーロ像」「フビライハン像」と呼ばれている。

報恩寺のマルコ・ポーロ像は、顔にヒゲを蓄えて頭には帽子をかぶり片足を組んだ姿をしており、名前こそ知られてはいるものの由来についてはほとんど解っていない。一説には、オカルト作家・佐藤有文が唱え始めたとも言われているが年代の比較からすると疑わしいと考えられている。

歴史家・白柳秀湖の著作『日本民族文化史考』(1947)によると、この本の出版当時すでに盛岡ではマルコ・ポーロ像が知られていたというが、その時でもマルコ・ポーロ像が祀られている由来については不明であったという。またこの著書内では、イタリアのほかに中国広東の羅漢寺(現在の華林寺)という寺院にも五百羅漢があり、報恩寺と同様な姿のマルコ・ポーロ像が存在していたというのだ。




現物は、残念ながら文化大革命により破壊されてしまっているというが、広東でのこの五百羅漢の完成は、報恩寺の五百羅漢の完成よりもすっと後であるという。さらにマカオの普濟禪院には、十八羅漢が存在しそこにもマルコ・ポーロ像があるというのだ。
こうした情報により、中国ではこの羅漢像をマルコ・ポーロの像とみなす例がいくつか存在していた、と考えられている。

実を言うと報恩寺のマルコ・ポーロとされる像は、その正体が仏陀に従った弟子の一人「善注尊者」という人物であることがわかっているが、結局のところ、なぜそれがマルコ・ポーロと呼ばれるに至ったかは、現在でも全くの謎なのである。

マルコ・ポーロには、実在しなかったのではないかという説がある。彼が捕虜として収監されていた時に、ルスティケロ・ダ・ピサという人物が彼から話を聞いて書かれたのが『東方見聞録』であるというが、版を重ねるたびに本のボリュームが多くなっていったために、そもそも『東方見聞録』が娯楽のフィクション小説にすぎなかったのではと疑問視されているというのだ。

大冒険家マルコ・ポーロが偉人としてある種信仰されていたことは間違いないだろう。それが何らかの事情で、仏教における聖者の一人と同一視され、その謂れが中国から日本あるいは日本から中国へ伝わったと考えられなくはない。

いずれにせよ、このマルコ・ポーロ像の謎はこれからも追究が必要だろう。

【参考記事・文献】
・報恩寺のマルコ・ポーロ像
https://onl.bz/mWqGiwV
・マルコ・ポーロは実在していなかった!? 不整合すぎる『東方見聞録』の数々が暴露される!
https://tocana.jp/2016/11/post_11467_entry_2.html
・广州华林寺五百罗汉堂的马可·波罗像

广州华林寺五百罗汉堂的马可·波罗像

【アトラスニュース関連記事】

(にぅま 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 By 関野貞 – http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1902646, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=32973151