タイムトラベル

中世『オックスフォード』、イングランドでいちばんの暴力都市だった?!

オックスフォードは今日、学問とエリート学者の街として知られている。しかし数百年前、この大学都市には何やら黒い評判がまとわりついていた。

資料を深く掘り下げてみると、中世後期14世紀、オックスフォードの一人あたりの殺人発生率は、ヨークやロンドンといった人口の多い他の都市よりもなんと4倍から5倍も高かったことが判っている。

殺人事件の加害者の75%、そして被害者の72%は「クレリカス clericus」と呼ばれる人々であった。これは、当時設立されたばかりのオックスフォード大学の学生やメンバーを指すもっとも一般的な呼び名である。この情報は、ケンブリッジ大学の暴力研究センターのウェブサイトにまとめられており、「中世殺人マップ」と呼ばれる地図を探索することで、歴史上の凶悪事件の詳細を知ることができる。

殺人マップの主任捜査官でありケンブリッジ犯罪学研究所所長であるマニュエル・アイズナーは、「オックスフォードのような中世の大学都市には、致命的な状況が混在していました。」と語る。

「オックスフォードの学生はみな男性で、一般に14歳から21歳が暴力と危険を冒すピークとなっていました。彼らは家族、教区、ギルドの厳しい管理から解放され、武器にあふれ、酒場や風俗嬢に充分にアクセスできる環境に放り込まれた若者たちだったのです」




もともと2018年に発表された「中世殺人マップ」は、大幅なアップデートを受けた。現在、このウェブサイトでは、3つの都市で起きた354件の殺人事件の詳細と、事故、突然死、獄中死などに関する新たな詳細が掲載されている。

オックスフォードの犯罪率には目を見張るものがある。当時のオックスフォードの人口は約7000人で、そのうち約1,500人が学生であった。アイズナーと彼の同僚であるケンブリッジ大学の歴史犯罪学者ステファニー・ブラウンは、殺人発生率が年間10万人あたり約60~75人であることを計算した。現在のイングランドの都市部での殺人発生率が100万人にあたり20件以下であることに比べると、非常に大差となる。

犯罪率の高さは、おそらく多くの若い男性が一ヶ所に集まり、大量の飲酒をしていた結果だと考えられている。もちろん武器の入手も容易だっただろう。「中世の社会にはナイフがあふれていました」とブラウンは言う。「小型ナイフは1ペニーで売られることが多く、食卓用あるいは日常作業用に使われていました。斧は木を切るために家庭に当たり前のようにあり、多くの男性は杖も持っていました」

記録される例として、お祭り騒ぎをする集団が早朝の通りに繰り出していた際、たまたま出会った男性を参加させようとしたところ拒否されたために殺人が起こった。また、風俗嬢も犯罪の被害者になる可能性があり、ある貧しい女性は、要求された賃金が支払われるどころか暴行を受け殺害された。

「中世都市部での生活は荒っぽかったが、決して無法地帯ということではありませんでした。地域社会は自分たちの権利を理解し、紛争が起きれば法律を利用したのです。各事件からは、7世紀ほど前のイングランドの路上で暴力が勃発した原動力を垣間見ることができます。」とアイズナーは語った。

(にぅま 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

Brigitte WernerによるPixabayからの画像