樹木希林さんを二代目「悠木千帆」が追悼





9月15日に亡くなった女優の樹木希林さんが以前使用していた芸名を継いだ女優の悠木千帆が9月16日、自身のブログで演劇界の先輩である先代・悠木千帆こと樹木さんを偲んだ。

悠木は「樹木希林さま私にとって、とてもとても大きな存在でした。役者の道を歩む目標を下さり、俳優として進む道標を頂きました。」と樹木さんへの想いを語った。

すでに40年前の話なので、知らない人も多いかと思うが、「悠木千帆」とは樹木さんが1977年に特別番組『テレビ朝日誕生記念番組・わが家の友だち10チャンネル・徹子のナマナマ10時間半完全生中継』のオークションコーナーで、「私には売る物がない」との理由で当時自身の芸名だった「悠木千帆」を競売にかけて2万2000円で売却。その後代わりに名乗ったのが「樹木希林」というのが経緯だった。




しかし、このオークションに於いて「悠木千帆」の名前を買い取ったのは芸能界の人間ではなく東京都世田谷区の飲食店経営者のAさんだった。Aさんは特に使い道がなかったことから20年以上に渡り休止状態になっていたのである。ところが、2004年に女優の山田和葉が、その飲食店経営者から無償で「悠木千帆」の芸名を受け継いだことで、本家の樹木さんも「あなたなら(悠木千帆を名乗っても)大丈夫」と判断したため、二代目・悠木千帆を名乗ってるのである。

落語家や歌舞伎俳優以外の芸能人で二代目を襲名する人は珍しいため、襲名当時は一部では話題になった。しかし、2004年当時、既に樹木さんはビッグネームだっため、双方の活動にあまり影響はなく、二代目・悠木千帆も樹木さんとは別の独自の道を歩んでいる。

なお、樹木希林という珍しい芸名は、樹木さん本人が思いついた名前らしいが、なぜその名前になったのかは明らかにされていない。娘の名前が也哉子(ややこ)ということからも、同じ発音の繰り返しが好きだったという話もある他に、仏教からの着想だったという噂もあるが真相はまったく不明である。

なお余談だが、伊集院光は早い段階からその珍しい芸名に注目し、樹木さんのことを「ジジジラフさん」(ジラフは英語でキリン)と呼ぶことがあるという。

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(文:江戸前ライダー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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