【オカルト的社会論 】麻原彰晃と弟子の処刑はジェノサイドか?





先日、麻原彰晃と十二人の弟子たちが処刑された。オウム真理教事件の清算を平成のうちに終えたかったという理由と、来年の皇太子殿下の即位に伴う恩赦により、オウム死刑囚が無期懲役に減刑されることを危惧しての判断かと思われる。

麻原や弟子の死後、その遺骨の争奪戦が行われたり、麻原をメシア、弟子たちを十二使徒と呼ぶオウムシンバも現れ始めている。

中には西日本豪雨や猛暑は麻原を死刑にした影響だと言い出す馬鹿もいる。まるで、道真や将門の怨霊のせいで天変地異が起こったと真剣に信じた平安時代のような話だ。21世紀に御霊信仰でもあるまいて。




死刑になった麻原や弟子たちを評して、有田芳生氏が他人の言葉を借りる形で「ジェノサイド」という表現を使った。確かに有田氏の指摘するように欧米のマスコミには、今回の一斉処刑を虐殺と批判する論調で書きたてた媒体もあった。しかし、本当にジェノサイドとは適切な表現だろうか。

まず「死刑廃止論」は日本が今後議論すべき議題であり、国民全員で取り組むべき議論テーマである。しかし、それとオウム死刑囚を一緒にしても良いのだろうか。

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現行の法整備では我が国では死刑は合法である。その法に基づいて判決が下り死刑が執行されたのだから、違法ではない。

麻原たちの死刑と「死刑廃止論」を一緒に語るのは合理的ではない。「死刑廃止論」はこれからの犯罪者について語るべきであり、法治国家日本としては判決のおりた死刑囚は執行すべきだ、

もちろん、弟子たちは麻原のマインドコントロール下にあったと言えるが、それは反社会的勢力やテロリスト、企業でも同様である。影響力のある上位の人間に指示されたからと言って犯した犯罪が許されるものではない。




また、麻原と弟子たちがやった行為こそがジェノサイドである、松本サリン事件、地下鉄サリン事件どれも間違いなく虐殺だ。それに未然に終わったものの、オウム真理教はヘリコプターを使って、サリンを首都圏に散布し数千万の日本国民を殺害しようとしていた。これがジェノサイドと呼ばずしてなんと解釈するのであろうか。

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麻原は日本において国家転覆を狙っていた。言わばクーデターである。内乱を起こしたクーデター軍オウムが破れ、日本政府によって処刑された。この一連の事実は国際社会においてスタンダードな流れである。

国家転覆を謀った反乱軍=クーデター軍が日本国に破れ、首謀者の麻原と幹部たちが一斉に処刑されただけである、そう考えれば、ジェノサイドっいう言葉とは事の本質が違うとわかるであろう。

処刑された麻原と弟子たちにシンパシーを抱く左翼に対して筆者は違和感を感じてきた。日本の左翼や反体制者に本物のリベラル論客がいるのであれば、論理的で分かり易い言説を解き民衆の支持を受け、正面から政権奪取に努めるべきである。クーデター犯に共感すべきではない。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

画像©PIXABAY




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