飛鳥時代の「天狗(あまきつね)」騒動の裏には政治的な意図が隠されていた!?

飛鳥時代に、日本の上空でまるでUFOのような光る発光体が目撃されている。

その発光体は、当時のインテリ僧・旻(みん)が民衆と共に目撃しているのだ。




旻は、本名を、本名は日文と言って、608年(推古天皇16年)に、聖徳太子に派遣された遣隋使・小野妹子に従い隋へ渡っている。隋で仏教・易学など最新の学問を学び、24年後の632年(舒明天皇4年)8月、犬上御田鍬の率いる第一次遣唐使の帰路に従って日本に帰ってきた。
日本では、「周易」を蘇我入鹿・中臣鎌足らを講じた。その時の人脈であろうか。645年(大化元年)に 大化の改新が起こったとき、高向玄理とともに国博士に任じられ、八省百官の制を立案している。

この旻が、UFOのような物体を目撃しているのだ。

637年(舒明天皇9年)に夜空に流星が現れ、怪しい吠え声と共に飛行した。人々は、この様子を見て恐怖に慄いたが、旻は、「天狗(あまきつね)である」と断言した。確かに、当時のインテリ階級が読んでいた司馬遷の『史記』や『五雑俎』には、大きな音を発しながら、飛ぶ流星を「天狗星」と呼んでいる。字が同じこともあって、この「天狗(あまきつね)」は妖怪・天狗(てんぐ)の原型であるとする説もある。




さて、旻はこの手の吉兆や将来の不幸を読み取る祥瑞思想に詳しく、639年(舒明天皇11年)に彗星出現の時には、飢饉を予言し、650年(大化6年)に白戸国司から白い雉が献上されると、年号を白雉と改元した。

つまり、旻は気象現象や突然変異の生物にかこつけて、政権サイドに都合のよい情報操作をしていた可能性がある。天狐の目撃事件も、単なる流星を現行政権への批判という方向で煽ったのではないだろうか。その背後には、師弟関係にあった中臣鎌足の暗躍していた可能性がある。

現在でも、政治的な大事件の際にUFOが目撃されたり、エイリアン事件が噂されたりすることがある。政治とUFO事件は、こんな昔から関連があったのだ。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

画像©PIXABAY

 

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