妖怪

【実話 怖い話】 山を行くもの

筆者の故郷である四国には、山林業に従事する人が大勢いる。山で働く彼らは、時に奇妙な出来事に遭遇する事があるという。

「それも含めて山なんですよ」

彼らにとって、山の不思議は格別珍しいものではないらしい。

山のベテランDさんから、不思議な話を伺えたので紹介してみよう。程良く焼けた顔に、真っ白な歯が似合うやさしい方である。

「あんな怖い経験はなかった。意味不明の怖さだね」

皺だらけの手で顎をなでながら、Dさんは回想してくれた。




Dさんがまだ若い頃、日本は高度経済成長時代で、山の仕事が忙しい時期があった。そんな時は、山の宿舎で同僚数名と過ごす事がよくあった。

「このままじゃスケジュールどおりに作業は進まないね」「まったくだ。困った、困った」

先輩達は頭をかかえていたが、Dさんはあまり気にしていなかった。やりきれない程、仕事がある事は嬉しい事だと思っていたからだ。

「さあ、めしの時間だ!!」

Dさんはいつも一番に食堂に陣取ったらしい。

退屈な山の作業場での楽しみは、せいぜい食事ぐらいである。当時は食べれば、それがすぐエネルギーに変わるのが体感できたという。だが、昼間の激務のため、大いに食が進むが、みな夕食後ぐっすりと眠ってしまう。

もう夜の9時にはいびきの大合唱である。そんな早寝だったからか、夜中に突然目が醒めることがあった。

先輩達と違って、若く回復力のあったDさんは、一度目が覚めるとなかなか寝れなかった。

ある夜の事、またしても夜中に目覚めたDさんに、奇妙な鳴き声が聞こえた。

「ひょーひょー」

(…んっ いったいなんだ 動物じゃないだろうし)、何者かが、こんな山中で叫びながら歩いている。しかも、真夜中である。(どうも、おかしいな、普通じゃありえない)、だれがなんのために叫びながら歩いていくのだろうか。不思議に思ったDさんは、宿舎を出ると、声のする方に歩いていった。

(…なっなんだ、やつら)、すると、宿舎の向かい側の林の中を奇妙な連中が歩いている。白い衣装を頭からすっぽりかぶった集団がうねうねと歩いているのだ。

それぞれ手にはランタンをもち、先頭の一人がまるで道先案内のように「ひょーひょー」と叫んでいる。

(やばい、やばいものを見ちまったか)、Dさんはそっと逃げようとした。だが、彼が覗いているのに気がついたのか、異様な集団は一斉にDさんの方を振り返った。

奴らとDさんの間の空気が凍った。そして、そのうちの集団の数名が、Dさんの方に脱兎のごとく駈けてきた。

(まずい、つかまってしまう)、Dさんは、腰を抜かしそうになりながらも、どうにか玄関にたどり着いた。そして、急いで宿舎内に逃げ込んだ。

翌朝、起きて宿舎を出てみると、宿舎の玄関の前には、何種類かの獣の足跡と、沢山の毛が残されていたという。

(山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)