妖怪

「白粉婆(おしろいばばあ)」

 冬や雪に纏わる妖怪というと、日本では雪女のイメージが強い。だが、江戸時代の絵師・鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』には雪の中、杖をついて歩く腰の曲がったお婆さんの妖怪「白粉婆」が登場している。

 解説文によれば、この白粉婆は脂粉仙娘という紅(口紅)や白粉の神様の侍女をしているということなので、この白粉婆の顔も一面白粉を塗りたくったものであり、また格好も白粉や雪と同じ程に真っ白であると言われている。




 この白粉婆は室町時代に奈良県の長谷寺に現れたという伝説も存在している。戦乱が続くため、長谷寺に画僧が本堂一杯の画布に観音菩薩を描くことになったが、急な戦で将軍家の軍勢が寺に押し寄せ、寺や町の穀物を徴収してしまった。

 僧たちは食べ物が無くなってしまうと不安がっていたところ、井戸端に一人の娘が現れた。彼女が一粒の米を桶の水につけると、たちまち米は桶一杯に沸きあがりどんどん増えていく。

 僧たちは娘を観音菩薩の化身だと話しあい、本当に仏様ならば顔を見てみたいと思った一人の僧が彼女に向かって小石を投げつけた。

 途端、あたりにまばゆい光が射し、娘が顔を上げた。

 白粉を塗った顔は老婆のようだったが、それは彼女が僧達のために苦労を重ねたためにできたものだった。以降、僧達は作業に打ち込んで見事大きな観音菩薩像を描き上げた。そして彼女、白粉婆の像を造ってあがめたという。




 前述の、石燕が紹介している白粉婆は長谷寺の伝説とはかけ離れた記述が多いため、同一の妖怪かは不明である。

 ただ、日本各地には冬になると山から下りてきて酒を買う山姥の話があるため、鳥山石燕は二つの話をモチーフに白粉婆を描いたのではないかとする説がある。

(田中尚 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)