Hさんは、九州在住の女子大生である。彼女は不思議な体験も多く、自身もそういう事件に巻き込まれてしまう。言わば、霊感女子大生である。彼女は筆者に度々、不思議な体験を知らせてくれるのだが…。
「この話は、イヤな話なんですよ」
彼女はそう言って、顔を歪めた。
これは、彼女の先輩が数年前に体験した奇妙な話である。あまりに突飛な話なので、大学でも伝説になっているという。大学の怪談とでも言っておこうか。
その先輩は、大学でも評判の美人であった。勿論、キャンパスを歩くだけで話題に花が咲いた。
「Sちゃんが、一番よね」「そうよね、あの娘がいると、合コンも凄く盛り上がるし」「男子なんて、目の色変えるのがわかるしね」・・・
同性の間でも、彼女の美貌は羨望の的で、合コンの申し込みも後を絶たない。まさに、大学の女神という言葉がピッタリである。
そんな彼女に、言い寄る一人の男がいた。無論、大勢の男が彼女に好意を寄せていたが、この男は度を越していた。
「きっ、君のことが好きなんだ」
男はいつもじゃがいものような顔で彼女に迫るのだ。男の顔にはニキビの後が無数に残り、脂性の肌はいつもテカテカと光っていた。
「待ってくれ、僕はいつも君の顔を見ていたいんだ」
その男は不器用だが執拗に彼女を追跡した。学校の帰りを待ち伏せする。ランチ中の彼女を遠くから観察する。バイト先に意味も無くやってくる。深夜に彼女の実家付近を徘徊する。男は彼女の行く先々に姿を現した。
「僕ほど、君に似合う男はいないよ」
そう言って、男は(にやにや)と不気味な笑みを浮かべるのだ。その満面の笑みは、布袋様のように無邪気であった。だが、無邪気なだけに始末が悪い。
「付きまとわないで」
彼女の懇願は、一切男の耳には入らない。男は確信していた。
「僕ほど、君に似合う人はいないよ」
男は追跡と待ち伏せの日々を過ごしていた。確かに真面目な男だったが…。ここまでされると、不気味としか思えない。
「あの真面目さが怖いのよ」
彼女は、男の異常なまでの執着に困惑を隠せない。もはや、彼女のキャンパスライフは地獄絵図であった。
「確かに、あの男は普通じゃないよね」
友人たちもそう思い、彼女をガードするようにした。なんともいえない、ねっとりした負の感情を感じるのだ。ある種の狂気を秘めた男の行動は、恐怖に近いものを感じた。思いつめた男の愛は、段々と男をエスカレートさせていく。
「このままじゃいけない、ハッキリさせなよ」「そうだよ、立ち直れないぐらい、言ってやんないとわかんないよ」
周囲の友人に促され、彼女は男を呼び出した。男はてっきり、愛の告白を受けるものだと思い込んでいる。
「でへへへ、話って何かな」
男はモジモジしている。彼女は思い切って言った。
「あんたみたいな、ストーカーとは付き合う気はまったくない」
男は一瞬、何を言われているのかわからないような表情をした。
「本当に気持ち悪いの、勉強やスポーツ、性格や経済状態、人間何か長所があるでしょう。あんたは、ストーカーすることしか能が無いの?」
彼女は良心の呵責を感じたが、男にストーカー行為を止めさせる為のショック療法として、わざと辛辣な言葉を浴びせたという。
「ぶひひひひひぃぃぃ」
男はまるで豚が泣くような声で嗚咽し、奇声を発しながら何処かに姿を消した。
『ごめん、こうするしかなかった』
彼女は後悔したが、当時はこれ以外方法がなかった。
数日後、男は山中にて首吊り遺体で発見された。
発見した当時、彼の首は驚くほど伸びきっていた。ビロンと、伸びた首。そのため、発見者も最初は人間の遺体だとは思わなかった。
比較的体重の重かった彼の体は、首の骨を破壊し、残った首の皮は体重をささえきれずに伸びきってしまったのだ。この自殺は、大学でも噂になった。
「○○のやつ、Sちゃんのこと好きだったから、ふられた腹いせに自殺かよ」「首が伸びてたらしいよ、妖怪・ろくろ首じゃん」「Sちゃんのことが好きだから、首をなが~くして待ってんじゃない」
不謹慎な連中は、死者を冒涜するような噂をたてた。まさに、学園のスキャンダル騒動ともいえる自殺事件だったのだ。しかし、現代人はいろいろと忙しい。二ヶ月もすると、自殺のことなど誰もが忘れてしまい、話題から消えた。
彼女も段々と、気持ちが落ち着いてきた。そんな時に彼女はサークルの連中と、近くの山にハイキングに行くことになった。
「うん、いくいく」
彼女は二つ返事で了解し、男性二人、女性二人で山登りに出かけた。だが、この山登りの途中で彼女は異変を感じた。彼女が先頭を行く男子二人に追いつこうと、いくらペースをあげても、何故か前にいけないのだ。
「おかしいな」
もう一人の同行した女性は何度も、何度も彼女の方を振り返る。しかも、不安そうな顔で彼女の方を見ている。この女性は先頭の男子と並んで歩いている。
「はやく、追いつかないと」
つまり、彼女一人遅れているのだが、どうしても追いつけないのだ。
「まるで、目に見えない壁が前にあるようだわ」
彼女は、汗だくになってようやく山頂についた。そこで、みんなでお食事タイムになったのだが…。同行した女性が、彼女に近づいてきた。
「ねえ、あたし見えちゃたんだけど」
小さな声で話しかけた。
「ええ、なにが」
彼女は困惑しながら聞き返した。実はこの女性、度々不気味なモノを見てしまう人であったのだ。
「Sちゃん、さっきなかなか前に来れなかったでしょう」
「うん、そうだけど」
彼女が頷いた。するとその女性はこんなことを言った。
「やっぱりね」
その女性はため息まじりに呟いた。
「ええ、どうして、やっぱりなの」
彼女は必死に聞き返した。
「だって、男の霊体がSちゃんの前に、立ち塞がってるんだもん」
「ええ」
彼女は絶句し、弁当を落としそうになった。やはり、あのストーカー男なのか。そう考えると、気持ち悪くて胃の中がひっくり返りそうになった。恐る恐る聞いてみる。
「その男の幽霊って、どんな姿だった」
その女性は、目を細めてつぶやいた。
「長い首をぶらんぶらんさせて、Sちゃんにからみつきながら、山登りを邪魔してたよ。あれがろくろ首っていう魔物なんだね」
ストーカー男は、死んだ今でも彼女に首ったけなのだ。
『あいつ、まだ私のそばにいるんだ』
(聞き取り&構成 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)