あるご老人(仮名を沢山さんとする)から話を聞いた。沢山さんは、満州事変の頃から終戦まで闘い続けた歴戦の軍人で、終戦の頃は南方で戦っていた。
「わしの部隊はな、上陸してきた敵に果敢に突撃していったんだが、敵の集中砲火の前に全滅してしまった。仲間の肉片が飛び散る中でな、わしは気を失ってしまった」
沢山さんが意識を取り戻した頃には、夜になっており、周りは味方の死体で埋め尽くされていた。『助かった、今なら逃げられる』、『ジャングルを越えてとなりの入江に行こう。あそこにはまだ味方がいるはずだ』、沢山さんは闇に紛れ、ジャングルに逃げ込んだ。
「おーい、貴様は、日本人だろう」
蚊の鳴くような小さな声が聞こえた。一瞬身構えたが、周りには誰もいない。
「ここにいるよ。どうやら足をやられた。動けないんだ」
目を凝らしてみると、闇の中で日本兵が横たわっている。それは、戦友の高橋であった。
「おい、沢山! 自分はもう歩けない。せめて遺品だけ国の家族に持っていってくれんか」
高橋は遺品を沢山さんに預けようとした。
「何を言うんだ。貴様を背負って友軍に合流してみせる」
しかし、磁石すら持っていない沢山さんは、ジャングルの中を何度も迷い続けた。
「おい沢山よ、さっきと同じ場所を通っているぞ、俺は背負われながら通る道筋の枝を折ってきたんだが、どうも同じ道を何度も歩いている」
背負った高橋からの指摘だった。
「そうか、ありがとう。どうも自分は方向音痴でいかん、誘導してくれんか」
それから高橋が誘導を始めると、ようやく5日目の朝に友軍の陣地にたどり着いたのだ。目の前の陣地には、日の丸や日本人の姿が見えた。
「やっとついたぜ 高橋、おまえのおかげだ」
そう言うと、沢山さんは疲労の為倒れ込み、気を失ってしまった。彼が意識を取り戻したのは、それから数日後の事であった。
『あれっ、俺は失神していたのか、高橋はどうなったんだ』、傍らにいる軍医に訊ねた。
「軍医殿、自分が背負ってきた高橋は元気でしょうか?」
軍医はその問いに一瞬答えを詰まらせた。しばし、沈黙の時間が流れた。軍医は大きく溜息をつくと、言い聞かせるように話を始めた。
「いいかい、沢山くん。落ち着いて聞き給え、高橋くんは死んだ」
軍医の言葉の意味が理解できなかった。高橋は俺が背負ってきたではないか。
「ええっ死んだって、そんな馬鹿な話がありますか」
沢山さんの動揺は続いた。足を負傷しているとはいえ、あれ程元気だった高橋が死亡したなんて、到底信じられない。陣地に着いた朝までは、確実に生きていたはずだ。なんせ彼が誘導したからこそ、ここまで到着できたのだ。
「正確に言おう。この陣地に着くはるか前に彼は死んでいた。とっくに死亡していたんだ。どう見ても、あの遺体は死後1週間は経っている。君が背負った頃には既に腐っていたはずだ」
沢山さんは、衝撃を受けた。では自分に道案内したのは彼の亡骸だったというのか。
「そっ、そんな馬鹿な…」
「つまり、君は遺体を背負って5日間ジャングルを徘徊していたんだ」
戦友の高橋は、死体になっていたにも関わらず、彷徨う沢山さんを助けてくれたのだ。
(聞き取り&構成 山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)