事件

【怪談実話】爪の中の土

ある犯罪にまつわる話を紹介しよう。これは、筆者の妻の体験である。

私の妻は昭和40年代に福岡の某所で生まれた。親の関係で福岡県内を何箇所か引越したが、今でも忘れられない同級生がいるという。その女の子は陰気な性格であった。言葉数も少なく、笑顔すら見せない。

「なんだか、気持ち悪い」「ほんと、いやな子だね」

クラスの評判は最悪であった。当時から、陰気な子供はいじめの対象になっていたのだ。

「あの子は家庭環境が悪いから仕方ないよ」

しかしながら、妻は彼女のことを必死にかばってあげたという。




「そう、でもあの性格じゃあね」「そうよ、かばう必要ないわ」

そしてクラスの女子はその女の子を罵倒し続けた。そんな悪循環の中、その子はますます陰気になっていく。だが無理も無かった。彼女の家は母親が育児放棄に近い状態であった。折檻、放置、虐待。再婚で血のつながりの無い父親は見て見ぬふりである。そんな日々が、彼女をますます暗く陰気にさせていった。

ある日のこと、彼女の爪に黒い土が入っていることに気がついた。妻が、指摘したという。

「○○ちゃん、爪に黒い土が入っているよ」

すると、その女の子は狼狽しながら、その爪をほじくった。

「あわわわっ、つっ、土がぁ」

その子は、狂ったように爪と肉の隙間から土をほじくり出す。

「そんなにあわてないで」

「だって、だって、土がぁ、土がぁ」

爪から血を流しながら、錯乱する女の子。

「どうしたの。落ち着いて、落ち着いて」

その子の異常な状態は五分ほど続いた。

『どうも、おかしい』妻はとっさにそう思ったそうである。そして、その予想どおりの奇妙な事件が起こる。

ある時、その女の子が授業中に居眠りをはじめた。居眠りそのものは、いつもの事である。深夜に虐待されるため、その子はいつも授業中に睡眠をとっていたのだ。

「…ないで」

寝ぼけた彼女が何かつぶやいた。

「なんなの」

妻は、耳をすました。

「埋めないで」

「ええ、埋めないでって」

妻は、わが耳を疑った。いったい何を、埋めるのだろうか。いったい何に、苦しめられているのだろう。

不審のまま、数日が過ぎた。すると、事件が発生した。彼女の妹が、失踪したのだ。くだんの彼女は三人姉妹の中の次女であった。自宅に何度も遊びに行っていた私の妻は、末っ子の三女ともよく遊んだらしい。

「大丈夫かな」

流石にクラスメートたちも心配し始めた。だが、捜索するにもお金が必要である。実母と母が再婚した義理の父に囲まれた、裕福とはいえない家庭であった。こうして、事件は町をあげての騒動になった。

”○○ちゃんが行方不明になりました、情報をお持ちの方は…”、役所の車がアナウンスをしながら町を巡回した。また、テレビの番組で彼女と母親が涙ながらに絶叫した。

「○○ちゃん、○○ちゃん、どこにいるの」

その姿は視聴者の涙を誘ったという。女の子の家は、周囲の同情を集めることになった。




だがある日、事態は急転する。—-母親が逮捕されたのだ。妹を殺害していた犯人は、実の母親だったのだ。行方不明になる前日、妹を虐待し殺害した母親は…。

その死体を、土中に埋めた。しかも、長女と次女に埋める作業を手助けさせたのだ。あの爪の間の土…。うなされていた、あの寝言「埋めないで…」。彼女の心は、母親による妹の殺害、死体を埋める作業。

これらのストレスによって精神が崩壊しつつあったのだ。土の中に埋められていく妹の顔を見ながらその女の子はどう思ったであろうか。

「今でも、あの子、立ち直っているかなって、よく思い出すよ」

妻は、そう言った。そして、福岡に帰ったときは、女の子と遊んだ川や場所を歩いて見た。

「つらかったんだよね、○○ちゃん」

事件の後、その女の子は施設に預けられたと聞き、また妻も転校した。

昭和の頃、福岡で実際にあった事件である。

(聞き取り&構成 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)