一宮市と騒動の落語家・司馬龍鳳氏 「司馬」は落語史でも古い亭号だった

先日、愛知県一宮市の役所が落語家の司馬龍鳳氏に対し謝罪を行った。

これは一宮市から司馬氏へ講師を依頼したときの話である。一宮市側は司馬氏に対し「ギャラを抑えたいので本名で講師を引き受けて欲しい」という理不尽なものだったようで、これに対して司馬氏は講師依頼を拒否。その後、司馬氏のもとに謝罪文が届いたのだが、文面には「貴殿に一宮市立の全公民館から講師を依頼するようなことがないように、公民館役員並びに市職員に周知徹底を図りました」と書かれてあったのである。

これに対し司馬氏はツイッターにて文書を拡散し、ネットで「落語家の肩書きとは」と現在も議論になっている。




さて今回、話題になっている「司馬」という亭号だが「三遊亭」「柳家」「林家」と比べあまり馴染みはない亭号である。しかし落語界にとっては非常に古い由緒ある亭号として知られている。初代は「司馬龍生(しばりゅうしょう)」といい1800年頃の落語家とされている。本名ほか青年・没年・本名まで不詳でわかっているのは三遊亭の開祖・初代三遊亭圓生の門下で圓盛、後に司馬雲亭から龍生、門下に龍蝶、二代目龍生がいた、という情報のみである。その後、江戸時代には5代目まで司馬龍生がいたため「司馬」は非常に人気が高い亭号であったことが予想される。

しかし明治時代以降は徐々に司馬派は消えて行き、最後の9代目司馬龍生が亡くなった1946年以降誰も司馬龍生を継がなかった。今回、話題になった司馬龍鳳の名前は過去の落語家の系図にはなく、恐らく初代の司馬龍鳳となる。一部では「司馬」という亭号に対し「本当にある亭号なのか」と疑問の声もあったが、実は落語史のなかでは最古に近い亭号だったのである。

※参考文献「古今東西落語家辞典」(平凡社)

(横須賀小録 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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