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「横浜DeNAベイスターズ」都市伝説 東海大学は横浜スカウトを出禁にしている?

横浜DeNAベイスターズ(以下「横浜」)は、セ・リーグに所属している日本のプロ野球球団。1950年に創設された大洋ホエールズを前身とし、ハマの大魔神と呼ばれた佐々木主浩がチームに所属していたことでも知られる。

横浜には、「スカウトが東海大学から出禁にされている」という都市伝説が囁かれているという。2000年代から囁かれるようになった噂であるが、このきっかけとなった出来事がある。

キーマンとなるのは、1984年に当時大洋ホエールズから4位指名を受けた長谷川国利。高校卒業後に東海大学へ進学し、首都大学野球リーグにて在学中に4回優勝を経験し、31試合連続安打というリーグ記録を樹立した期待の選手として迎えられた。

しかし、入団後は故障が相次いでしまい1軍になることなく現役を引退。その後は横浜のスカウトとして活躍することとなった。

事件が起こったのは2002年。長谷川は同年の主力打者である日本大学の村田修一と、自身と同じ東海大である久保裕也を自由枠として獲得するよう目指していた。そんな中、彼は上層部から「久保のところへは行くな」と突然告げられ、その代わりに法政大学の土居龍太郎を獲得するよう圧力がかけられたという。

これは、その上層部が法政大出身だったためだったと言われている。

しかし、久保は当時の監督やヘッドコーチも高く評価していたほどの逸材であり、当然ながら長谷川は反発をした。「どっちが上だと思ているのか!」と聞かれた際にも、頑として「久保」と答えたほどだった。だが、結果として自由枠・土居という上層部の結論は覆すことができなかった。

長谷川は東海大に謝罪するが、これに激怒したのが東海大の原貢総監督。このことが原因となり、横浜は東海大と、原の影響の強い東海大相模へ出入り禁止となり、長谷川も「横浜でこれ以上スカウトは続けられない」と言い、同年6月に退職してしまった。宙に浮いた久保は、巨人が拾う結果となった。

実はもう一つ、横浜にはこれよりも範囲が広い「東都の大学からスカウトが出禁にされている」という都市伝説まであるらしい。1987年に、東洋大への入学が決まっていたPL学園の野村弘樹をドラフトにて、翌年88年には同じく東洋大入学が決まっていた石井琢朗をドラフト外で入団させたことにより、東都リーグの全大学からスカウトが出入り禁止を食らってしまったというものだ。

しかし、これらはあくまで都市伝説に留まっている話だ。後者はその規模の広さから現実的なものではなく、また前者については東海大を強くマークしていた長谷川が辞めたためにマークが薄くなっただけではないかという意見もある。

とは言え、主力選手の獲得に強く貢献した長谷川の退職が、のちに横浜を弱体化に導く暗黒時代へ突入させた原因になったと言われる面もある。

実際、長谷川は翌年から同大学の先輩である原辰徳監督率いる巨人のスカウトに転身し、有力選手を次々に獲得していったという。

【参考記事・文献】
https://note.com/bays1866/n/n051e4a2584f8
https://note.com/bays1866/n/ncf217db84b5f
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12148625067
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/15870.html

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【文 ZENMAI】

画像 ウィキペディアより引用