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「黄金バット」はイタリアアニメ?法律問題に発展!元祖スーパーヒーロー珍騒動

『黄金バット』は、昭和初期の紙芝居に登場したキャラクター。黒いマントを羽織った全身黄金色の髑髏という強烈なデザイン、そして姿に見合わず正義の味方であるというギャップが当時の子供たちに大いに受け、多数の続編が制作されるほどの人気を博した。

スーパーヒーローものとしては、スーパーマンやバットマンよりも古いため、世界最古のヒーローであるとも言われている。それに加えて、アンチヒーロー的な要素も兼ね備えているということから、ダークヒーローの元祖でもあるという。

1930年、紙芝居作者の鈴木一郎によって『怪盗黒バット』が制作されていた。黄金バットは、実はその黒バットの最終回に突如として現れ、黒バットを叩きのめしてその主役の座を奪うという衝撃的なデビューを果たしている。

なお、この黄金バットは鈴木原案ではなく、紙芝居作家の永松健夫によって誕生したキャラクターである。

戦後、黄金バットは2度の実写映画化がなされ、1967年から68年にかけてはテレビアニメも放送された。これらは、世界各地でも公開されて人気を獲得し、英語やポルトガル語では「ファントマ」、スペイン語では「ファンタスマゴリコ」、イタリア語では「ファンタマン」と題し公開されている。

これは、「ファントム」の言葉を改変した命名となっている。

ところで、イタリアではこの「黄金バット」に絡む少々イザコザが生じたことがあるようだ。

イタリアの配給会社が、1966年に公開された映画版「黄金バット」を購入、1968年に『Il Ritorno di Diavolik』(ディアヴォリクの帰還)というタイトルに改められイタリアで公開。しかし、この際本作は、1964年にイタリアの漫画家マグナスとマックス・バンカーが生み出した「クリミナル」というキャラクターとして紹介をした。

「クリミナル」は、黄金バットと非常によく似ているキャラクターであった。結果、これによって法的な問題に発展してしまい、名称を変更しなければならなくなってしまった。

そうして「ディアボリック」という名前に落ち着いたかに見えたが、その後も問題が提起されてしまい、結果としてアニメ版によって「ファンタマン」という名前に変更され一応の決着はついたのだという。

ところで、「黄金バット」と「イタリア」との関連で、近年囁かれたとある話が存在している。

イタリアにおいて「ファンタマン」は絶大な人気を誇っている作品であるが、あるイタリア人がふとしたきっかけで「黄金バット」の存在を知ることとなった。

そのイタリア人は、「ファンタマン」が自国オリジナルのアニメであると認識していたため、日本が「黄金バット」と名称を変えて盗作したのだと考え怒りを露わにしたが、その後「ファンタマン」が「黄金バット」の翻訳であることを知って反省をしたという。

この話は、近年動画サイトを中心に発信されたものであるが、いわゆる海外の人間が日本の文化の凄さに気付き感動するという「海外の反応」系として紹介されているものである。

この種の動画は、海外の有名アーティストによる日本での感動エピソードなどを展開するものも多々見られるが、その殆どがソース不明の話となっている。この話も、限りなく創作の可能性が高いと言えるだろう。

【参考記事・文献】
https://x.gd/7Uaxq
https://x.gd/G2c1B
https://fantaman.fandom.com/it/wiki/Il_ritorno_di_Diavolik
https://www.antikbar.co.uk/original_vintage_posters/cinema_posters/il_ritorno_di_diavolik_the_golden_bat_ogon_batto/PC1055/
https://thegoldenbat.fandom.com/ja/wiki/%E9%BB%84%E9%87%91%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%88%EF%BC%881966%EF%BC%89

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【文 ZENMAI】

画像『黄金バット

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