妖怪・幽霊

【ちょっと怖い実話】老人ホーム

私が、まだ学生だった頃の話、夕方友人S君より電話がかかってきた。「俺、今晩のバイトT老人ホームの警備なんだけど一人じゃ暇なんで遊びに来ないか」と、いうものだった。

怖いから私を誘ってるんだと思ったが、丁度良い暇つぶしだと思い了解した。その老人ホームの入居者たちは、皆新館に移動しておりこの敷地内にはS君一人だ。 私がバイクで乗り付けた時8時半位だったと思う。9月の半ばというのに少し肌寒かった。真っ暗な建物に一カ所だけ明かりが付いている部屋が見えた。

「あそこだなぁ。」 




事務所のドアをノックした。中では彼が暇そうに漫画本を読んでいた。私が来るなり「なぁ、後で館内の見回り付き添って欲しいんだけど」と。何か面白そうなのでOKした。時計の針は11時を少し回った頃だった。

「さぁ行こかぁ」と、彼が言ったので、私は事務所のキャスターの付いた椅子に座って彼に後ろから乳母車の様に押すように命じた。キュルキュルとキャスターの音が廊下に響く。2人で各部屋を点検、私は探検という感じだった。

真っ暗な長い廊下を行くと右側の部屋からガサガサと音がした。そこは厨房、扉を開け中を懐中電灯で照らした。すると60畳程の床一面に黒い不気味な物が動めいていた。そこには数え切れない程のゴキブリがうようよしていた。実に気持ちの悪い光景。さらに廊下を突き進み段差のところで椅子を乗り捨てた。私は彼に「おい、老人ホームなんやし霊安室ぐらい有るやろう」と問いかけた。

やがて、霊安室と書かれた部屋が、扉を開け中を点検。お化けとでも遭遇するかと期待したが、特に変わった様子も無い。私は「何や普通の部屋やんけぇ」と、捨て台詞。次は隣B棟の点検。小さな3段程の階段を上がり扉を開けた。その開けた瞬間何かがそこに居た。一瞬「ドキッ!」とした。




廊下の奥へ懐中電灯の光を当てると走り去る猫が居た。彼は「沢山猫居るみたいやでぇ、ここの年寄り連中が飼い慣らしとったんやぁ」と、言った。そしてその猫の後を追うように廊下を歩いて行った。この棟は数匹の猫がいるようで、我々の進入を拒むかの様に走り回って居る感じがした。

しばらくすると奥の部屋からなにやらひそひそと人の声が聞こえてきた。小さくて聞こえにくいが確かに人の声。一人ぶつぶつと、呟いている感じ。さらにその声の聞こえる部屋へと近づいた。

「誰か居る」我々は懐中電灯のスイッチを切った。

「お漏らししただけなのに・・・お漏らししただけなのに・・・」

そぉっとその声がする部屋をのぞいた。

部屋の中は、月明かりにより懐中電灯を消していても何とか見えた。そこには、ベットに腰掛ける老人の姿、お爺さんの様だ。我々の居る通路側に背を向け、うなだれた様子で「お漏らししただけなのに・・・」と繰り返している。ホームの入居者は全員新館に居るはず。では、この老人は!




私は間違い無く幽霊と確信した。だが、彼は警備の仕事上そうは思わなかった。ぼけた老人が舞い戻ってきたと思っていたのだ。その時までは。

老人に近づき懐中電灯の光を当て、「ここで何してるんですか?」と問いかけようとした時、光が老人を貫通し向こう側のタイルが見えた。老人は透けていた。彼は腰をぬかさんばかりに慌てふためいて「お化け出たぁ~!」と言いながら私をおいて逃げ去った。彼の後を追い走って逃げた。前方で彼がまた「うわぁ~!」と言っている、猫が前からこちらに向かって走って来た。

その猫は、体は猫だが顔は人の顔していた。

自分自身恐怖のあまりその様に見えたのだと思った。2人で事務所に逃げ帰り、「今のお化けやなぁ、出たなぁ、見たなぁ、それでさっきの猫、人の顔してたなぁ」と彼が震えながら言った。やはり私の錯覚じゃなかった。彼も人の顔だったと認識していたのだ。

人面猫か?

私も少々恐怖を感じていたが、彼にさらに追い打ちをかける事を言った。「さっきの幽霊、お漏らししただけなのにぃとか言うとったなぁ、多分それが原因で虐待に合って殺されたんやでぇ、ここの職員を恨んでるでぇ、もうすぐしたらあの猫を連れて集団でここまで来るんちゃうか!」と。

しばらく沈黙が続いた。時計の針は1時を回った頃だった。

「俺帰るでぇ」

彼は、頼むから朝まで一緒に居てくれと泣きそうな顔で訴え、かなりびびっている様子。仕方なしに了解した。いや、了解したかの様に見せかけ、私は
「ちょっとトイレ行くわ」といって外に出た。「俺も行く」「うっとうしい付いて来るな」と言い、私はそのすきに自分のバイクに乗り、急いでエンジンをかけた。

その音に気づいた彼が慌てて事務所から飛び出して来る様子が見えたが、時すでに遅し。私は彼を一人残して帰った。S君には、今夜十分過ぎる程の恐怖をプレゼントしてやったのだ。

(渋谷泰志 怪談師)

※写真はイメージです