『時間ですよ』は、1965年から1990年まで放送されていたテレビドラマシリーズ。銭湯を舞台にしたホームドラマであり、タイトルの由来は銭湯の開店時間を指したものとなっている。
舞台が銭湯であることもあり、茶の間に女湯を持ち込んだ作品として知られている。
出演者については、主演・森光子をはじめとして堺正章、樹木希林(当時・悠木千帆)などがメインキャストとなっており、浅田美代子は新人オーディションに合格してのデビュー作および出世作にもなった。
この他にも、1974年にザ・ドリフターズを脱退した荒井注が芸能界復帰を遂げたのもこの作品(『時間ですよ 昭和元年』)への出演がきっかけと言われている。また、1988年の『時間ですよ ふたたび』では、とんねるずの石橋貴明と木梨憲武、1989年の『時間ですよ 平成元年』では、当時チェッカーズであった藤井フミヤ(当時・藤井郁弥)、結成したばかりのSMAPの中居正広・草彅剛・香取慎吾といった面々も出演をしている。
冒頭にも言ったように、女湯を映し出し、またそれをのぞき見するキャラクターが登場するほか、お手伝いさんがウルトラマンを呼んだり、果ては田中角栄首相のそっくりさんが登場したりと、こんにちで見てもかなりインパクトの強い作品となっている。こうした世界観作りは、ずばり本作の番組プロデューサーである久世光彦によるものだった。
久世ワールドは、その後も『寺内貫太郎一家』や『ムー一族』といった作品でも展開されていき、どれも強烈な印象を視聴者に残す作品として今に至っている。先に述べた荒井注やとんねるずの出演は、彼の熱烈な希望によるところが強かった。だが、そうした独自の物語空間を創り出すその姿勢が、ある人物と確執を生んでしまう原因にもなってしまったようだ。
本作の脚本は最初、『渡る世間は鬼ばかり』などで広く知られている橋田寿賀子が務めていた。しかし、彼女が書き上げた脚本に対して、久世が勝手にアドリブを加えるなどし、さらに銭湯で女性の裸体が出たり、堺と樹木のコントが不快といった理由が重なり、我慢ならず久世ともめたことでわずか4回で降板してしまったという。
これ以後、橋田は久世と一切口をきくことが無かったと言われている。
因みに、確執とまでは行かないまでも、もう一人トラブルが起こった脚本担当者がいた。橋田が降板後、久世の誘いによって脚本家・エッセイストの向田邦子が本作の脚本を手掛けることとなった。しかし、向田が務めた脚本は9作品ほどしかなく、その理由は「コントが書けない」ということにあった。
このコント部分が書けない向田脚本については、樹木などの演者が徹夜でコントシーンを練るハメに。しかし、クレジットには「脚本・向田邦子」とだけ記されてしまうため、強く不満を抱く形になってしまったのだという。さらに、向田も脚本のセリフをアドリブで変えてしまう演者に不満を持つという悪循環が起こってしまっていた。
のちに、向田の才能を買っていた久世は、続く『寺内貫太郎一家』で再度向田を起用するが、向田からは本作のようなバラエティ要素を極力取っ払って欲しいという要望がなされたという。結果として、『時間ですよ』がコントを売りにしていた一方で、『寺内貫太郎一家』はプロレスまがいのケンカが売りとなっていったそうだ。
【参考記事・文献】
・http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-25662
・http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-14508
・https://newscast.jp/news/7433534
・https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202105310000775.html
・https://www.asahi-net.or.jp/~yu3m-mtmt/tv/tv64.html
・https://koritsumuen.hatenablog.com/entry/20110214/p1
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【文 黒蠍けいすけ】
画像『時間ですよ1973 BOX.1』