大津事件とは、1891年5月11日に滋賀県の大津で発生したロシア帝国のニコライ・アレクサンドロヴィチ皇太子(のちのニコライ2世)が襲撃を受けた事件である。
1890年10月、ニコライ2世は世界最長の鉄道路線となるシベリア鉄道の起工式への参列のため、エジプト、インド、中国などを巡遊することとなっていた。
そんな中、明治となって近代化を目指し20余年となった日本にも関心を持ち、長崎に到着して以後、数日かけて兵庫や東京、北は青森など日本を縦断する予定となっていた。
事件の発生はその途中に起こった。その日、ニコライとギリシャ王子ゲオルギオス、有栖川宮威仁親王が、大津の市街観光に出かけた。ニコライの友人たちと日本側の随員を乗せたおよそ50台もの人力車が列をなし、多くの警官による警備の列ができていた。
その時、警官の一人であった津田三蔵が突如サーベルを抜いてニコライに斬りかかった。
人力車から飛び出したニコライはその後さらに頭部を2回斬りつけられたが、ゲオルギオスが京都で購入した丈の杖で打ち、さらに人力車夫の向畑治三郎と北賀市太郎が取り押さえにかかったことで、津田は即刻逮捕となった。
この事件の発生が日本国内で知られると、世間ではたちまち「これによってロシアが攻めてくる」という『恐露病』に陥ることとなった。
学校は全国各地で休校となり、神社仏閣にはニコライの快復を願う人々で溢れ、果ては京都府庁の前でニコライへの謝罪を記した手紙を残して自殺をする者まで現れたという。だが、この状況に陥ったのは庶民だけではなかった。
明治天皇自らが京都に赴きニコライの見舞いに行くも、日本政府は多額の賠償金請求、領土の割譲、ロシアの侵攻が起こってしまうのではないかと恐怖していた。
そこで、実行犯であった津田を、「大逆罪」として極刑に処すべしとの意見が政府内で支配的になり、所轄の裁判官に対しても脅しをかけたという。
だが、その後行われた裁判において大審院長である児島惟謙(これちか)は、「法治国家として法の範囲で判決を出さなければならない」と言い、殺人未遂による無期懲役を下したのであった。
大逆罪とは皇族に対する規定を記したものであり、そもそも日本の刑法には海外の皇族に関する規定がなかった。児島は近代国家たるべき法治の精神を貫いた。
この判決には、ロシアの外相も「どうなるかわかっているのか」と発言したようであるが、日本の過剰なまでの対応と誠意ある謝罪を皇帝と皇太子は受け入れ、結局ロシアは日本に報復をすることはなかった。
むしろ、近代国家たるべき法治国家の体を遵守したことが高く評価されたという。このように大津事件は、日本の三権分立の確立を象徴する重要な事件としても知られるようになった。
さて、そもそも津田はなぜニコライを斬りつけたのか。自供によると、「愛国の情、忍ぶこと能わざるに至りたるより、害を加え奉りしものなり。」、要するに愛国を思うあまり我慢ならなかったという意味合いだろう。
実は、この頃ニコライが来日するという情報がもたらされた日本国内では、「来日の目的はいずれ日本を侵略するための偵察ではないか」といった不穏な噂が流れていた。
また、アジアの列強国であったロシアに対して、世間ではロシアに対して良く思わない感情がくすぶっていたという。また、日本を巡遊するのであれば、まず天皇へ謁見するべきではないかという感情もあったようだ。
さらに、津田にとっては、西郷隆盛がロシアへ逃げ延びて生きているという「西郷隆盛生存説」の流言も手伝った。かつて津田は西南戦争に参加しており勲章を賜っている。
西南戦争後に精神を病むほどになった彼にとって、西郷がニコライと共に日本へ襲来するという事態は恐怖そのものであったようである。結局、彼は逮捕の翌々月に死去することとなった。
余談だが、津田を取り押さえた車夫の一人である向畑は、北賀と共に多額の報奨金および終身年金がロシアから与えられ、日本政府からも勲章を授与された。
だが、実は向畑は窃盗・暴行の前科を持った人物であり、突然舞い込んできた大金を賭博、女遊び、怪しげな投機話につぎ込み、さらには大津事件後に少女への暴行事件も起こした。
これによって彼は勲章を剥奪され、さらには日露戦争およびロシア革命にて年金湿球も消滅、最期は困窮に悶えその生涯を終えたという。
【参考記事・文献】
・https://www.yomiuri.co.jp/culture/20240219-OYT1T50042/
・https://nihonsi-jiten.com/ootujiken/
・https://rekishi-den.com/meiji/758/
・https://rekishiclub.jp/ootsu-jiken/
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【文 黒蠍けいすけ】
画像 ウィキペディアより引用