田淵幸一は、阪神タイガースおよび西武ライオンズで活躍した元プロ野球選手である。
ポジションは捕手をつとめており、1984年に引退したのちはダイエーの監督や阪神や楽天の打撃コーチを歴任、2020年には野球殿堂入りを果たしている。新人王、本塁打王1回、ベストナイン5回、ダイヤモンドグラブ賞2回といった、華々しい成績をおさめた。
通算474本塁打と歴代11位の記録を持ち、その大きく放物線を描いた美しいホームランを放つことで知られていたことから、「ホームラン・アーチスト」の異名で呼ばれていた。その美しさから、落合博満も「本当のホームランバッター」は田淵と秋山幸二(西武ライオンズ・福岡ダイエーホークス)だけであると言ったほどである。
その一方で、通算安打は1500本超と非常に少なく、2000本安打の打者が入会条件となっている名球会にも縁がなかったため、名球会入りしていない最も本塁打を打った選手とも言われている。
またその一方で、野村克也によると捕手としては納得しかねる部分が多かったようである。
西武時代に共にプレーしていた時のこと、当時は控えであった野村が、隣のロッカーであったレギュラー捕手の田淵に「なぜあそこでストレートを要求したんだ」と質問。常に計算を駆使し、理詰めて戦略を練っていた野村にとって、プレーに対する根拠を問いただすことは当然のことのように思えた。
だが、当の田淵から返ってきた答えはというと、「投げてるのは投手じゃないですか」というものであったことから、野村は『コイツはダメだ』と彼が捕手としての性格を持っていないことを悟ったという。
野村が田淵に呆れたもう一つの逸話がある。
ある時、田淵が大鏡の前でバットをもってひたすら構えを整えていた。スイングのフォームを見ないのかと野村が問いかけると、田淵の返答は「ぼくは構えが上手く整ったら打てるんです」というものであったという。これには流石に野村も呆れ返ってしまったそうであるが、一方では彼の打撃は天才の感覚とでも言えるようなものであったことには違いない。
これ以外にも、同時代に全盛期であった王貞治にまつわるものもある。
王の登場によって田淵のホームラン王の座は1回に終わってしまっているが、一方で王の連続ホームラン王を阻止したことでも知られている。それを可能にしたのは、まさしく彼の持ち前の強肩であり、これは歴代の阪神正捕手の中でもトップクラスであったとの伝説を持つ。
さて、田淵と言えば、阪神ファンからもよく「タブタ」「デブチ」などと野次が飛ばされたことでも知られるその太った体型にある。元々は「もやし」とまで言われたほどにひょろっとした体型だったようであるが、大阪での食事でカロリー摂取が過多になったためか、それとも元来の練習嫌いが影響してか、どんどん太り出してきたという。
田淵を主役としたいしいひさいちのプロ野球4コマ漫画『がんばれ!!タブチくん!!』でも、その突き出た腹のデザインが象徴的であり、当たればホームラン、あとは三振といったようなデフォルメした描写となっていた。因みに、劇場アニメ版では、西田敏行がタブチくんの声を担当していた。
田淵は、現役時代から毎年のように故障や病気に悩まされていた。その中で最も大きな出来事は、1970年、ある日阪神と広島東洋カープの試合が行われていた時だった。
マウンドに立ったのは、プロ入り1年目にしてノーヒットノーランと達成した当時史上初の快挙を成し遂げた投手・外木場義郎がマウンドに立っていた。
この試合で田淵は、外木場からの投球によってこめかみに一撃をくらう死球を受けてしまい、右耳から流血するほか、この後遺症によって難聴にまでなってしまった。この田淵の一件以来、耳付きのヘルメットが野球界にて流通するようになったという。
【参考記事・文献】
・https://x.gd/aAuxg
・https://www.sankei.com/article/20230530-AFEF7A3RDJN53IOT7IKC5HFD7Q/
・https://dic.nicovideo.jp/a/%E7%94%B0%E6%B7%B5%E5%B9%B8%E4%B8%80
・https://www.news-postseven.com/archives/20151227_372437.html?DETAIL
・https://tsurezure-baseball.com/tabuchikouichi-meigen/
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【文 ナオキ・コムロ】
画像 ウィキペディアより引用