手塚治虫の代表作『鉄腕アトム』の最終回と聞いて思い出されるのは、テレビアニメ第一期の「地球最大の冒険」が特に印象的だろう。
その最終回は、異変を起こした太陽の核融合を抑制するためのカプセルを抱き、軌道がずれてしまわないようアトムもろとも太陽に突っ込むという衝撃な幕引きだ。案の定というべきか、当時の多くの子供達から悲痛な叫びとも言えるクレームが殺到したという。
手塚本人は、自分を「主人公に対しての冷たさがある」と称している。かつて落語家の立川談志との対談において彼は、「主人公らしき人物は大体途中で死んだり、傍観者的に世間を笑ったりしています」「簡単に彼らを殺せるんです。そして逆に、そういう冷たさからこの男をまた登場させて、もう一度いじめてやろうという気になるんです」といった発言をしている。彼の自身の作品に登場するキャラクターへの関心、特に主人公に対する一貫した思想が如実に表されている。
彼のアトム関連作品の一つに『アトム今昔物語』というものがある。ある時、アトムは海上を漂う多数の巡視艇や掃海艇を不審に思い、何かが海底にあることに気づいた。海中に飛び込んだアトムは、そこで光り輝く物体を見つけ、その途端に大爆発に見舞われた。そこで宇宙人の女性スカラを救い出すことができたのだが、その爆発のショックにより彼らは50年ほど前の過去の世界へタイムスリップしてしまった。
若かりしこのお茶の水博士に出会うなど様々な出来事に翻弄され、ついにエネルギー補給がままならなくなってしまったアトムは、遠く離れた高原へ赴きひっそりと朽ち果てていった。その後、天馬博士の手でアトムが誕生することとなるのだが、アトムの残骸を見守っていたスカラがこの情報を知り、同じ世界に同じ存在がいてはタイムパラドックスを起してしまうということで、アトムを爆破し跡形も無く消し去ってしまい、それによって新規アトムの活躍が始まったしていく。
後日談とは言えどもかなり衝撃的な結末であるが、実のところこれは大幅な修正が加えられたバージョンであり、大元のストーリーはさらに悲劇的だ。
第一期アニメの最後、アトムが太陽へ突入しようとして行く中で、彼は奇跡的に宇宙人によって救出されたが、ある衝撃により50年ほど前の日本にタイムスリップしてしまった。そこでアトムは心を閉ざした少年ドロッピーのトムと出会い、紆余曲折を経てトムは徐々にアトムに心を許すようになっていった。トムはアトムのようなロボットを作ろうと夢見るようになっていった。
そうして、科学省の長官にまで上り詰めた彼は「天馬博士」と呼ばれるようになったが、その矢先に息子飛雄が交通事故で死亡してしまった。彼は、昔自分を助けてくれたアトムに似せて息子の代わりとなるロボットを作り始める。
アトムに似せたロボットを作る様子を見ていた未来のアトムは、このままでは一つの世界に全く同じアトムが2体存在してしまい、歴史がおかしくなってしまうと考えた。タイムパラドックスを回避するため、アトムは、もう一人のアトム誕生の際に発生した電気エネルギー派へ飛び込むのであった。要するに、アトムは自殺を図り消滅したのであった。こうして、天馬博士のもとで新たに誕生したアトムが、この先の物語を展開していく。
アトムにとって、これ以上救いようのない分岐も無いだろう。そもそも、手塚がこのストーリーを書いたのは、テレビ放送後のファンたちの「アトムはどうなったのか」という疑問に答えるためのものであった。だが、それでも到底ハッピーエンドとはいえない代物であるところに、やはり手塚自身が有するキャラクターへの態度が垣間見える。
「僕の漫画には、初期の頃からネクラなところがあるでしょう。」「それがモロに出てしまうと、やりきれないほど暗い話になってしまうんです。」と本人は称しているが、それは戦争体験にあると言い、「もうどうにでもなりやがれという諦めを思っちまったからなんですね。」と自己分析している。
因みに、この大元のアトム今昔物語に描かれた、天馬博士が子供の頃に自分を救ってくれたアトムを大人になって作るという構造は、のび太が大人になってドラえもんを作るという「ドラえもんの最終回」都市伝説に似ている。
この最終回都市伝説より遥か前、すでに手塚がこのアイディアを取り入れていたと考えるのが一般的な解釈となるだろうが、一説ではこの「アトム今昔物語」こそがこのドラえもんの最終回都市伝説を生み出すきっかけになったのではないかとも言われている。
何を描いても心から主人公の世界にのめり込むことができない、とは手塚の言である。そうし、た常にどこか世界を傍観し感情移入しないという姿勢が、人間離れした創作意欲を発現させ、多種多彩の作品を生み出したと考えると複雑な心持ちである。
なお、アトムには『アトムの最後』というまた別の最終回が存在しており、ロボットが支配する地球にて博物館に眠っていたアトムを人間たちが目覚めさせ、共にロボット討伐に向かうものの最後にはアトムもろとも人間たちが皆殺しになるという内容となっている。
並の最終回都市伝説も顔負けの、作者自身による残酷な最終回だ。
【参考記事・文献】
立川談志『談志人生全集第1巻 生意気ざかり』
手塚治虫『手塚治虫文庫全集 アトム今昔物語』
鉄腕アトム
https://dic.pixiv.net/a/%E9%89%84%E8%85%95%E3%82%A2%E3%83%88%E3%83%A0
知られざる鉄腕アトム伝説:アトムの最終回は三回あった!
https://ameblo.jp/djkoji100/entry-12011320526.html
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