事件

皇統が危ぶまれた一大事、天皇になろうとした怪僧「道鏡」

奈良時代における仏教は、法相宗や華厳宗など六宗と呼ばれる宗派があったほど盛んであった。この時代に活躍した僧侶と言えば、各所で橋や池、井戸などを多数建造し、また大仏造立に多大な貢献をしたことで僧侶最高位である大僧正を与えられた行基(ぎょうき)、航海で幾度も難破し失明しながらも仏教の教えを伝える使命を果たした鑑真(がんじん)の名があがる。

これら、人々から厚く信頼された高徳の僧侶がいる一方で、皇室を揺るがすほどの危機をもたらした僧侶も存在していた。

弓削道鏡(ゆげのどうきょう)は、現代では足利尊氏と平将門に並ぶ日本三悪人と称される奈良時代の僧侶である。彼の存在は、宗教家でありながら権力の中枢に関与したという点でたびたびロマノフ王朝の怪僧ラスプーチンと比較されることも多い。

彼は、当初ごく普通の僧侶の一人に過ぎなかった。しかし、詳細は不明であるが朝廷の宮内を出入りできるようになり、病気を治癒することのできる能力を持つとして次第にその名が知られるようになっていったという。

ことの発端は、聖武天皇ののちに即位した女性天皇である第46代孝謙天皇が病を患い、その看病に道鏡があたったことであった。このことがきっかけで孝謙天皇は道鏡を常軌を逸するほどに信頼し、その後孝謙天皇が重祚し第47代称徳天皇となると、大臣禅師、太政大臣禅師といった律令に無い官を道鏡に与え、ついには法王という道教のためだけに設けられた仏教界最上の地位までも与えられた。

きわめつけは、769年の宇佐八幡宮神託事件、通称「道鏡事件」と呼ばれる出来事だ。大分県の宇佐八幡宮にて、習宜阿曾麻呂(すげのあすまろ)という、「道鏡が天皇の位に就けば天下泰平であるとのことです」との信託が告げられたのだ。言うなれば、称徳天皇の意向を汲んで出世しようとの目論見だった。

これを聞いた称徳天皇は、さすがに心配になった。そこで、改めてご神託の確認のために派遣されることとなったのが当時近衛将監であった和気清麻呂(わけのきよまろ)である。元々は彼の姉で尼僧の法均(広虫)を向かわせる予定であったが、女性では九州まで行くのは難しいとの計らいから弟である清麻呂が任ぜられた。法均もまた、称徳天皇からの信任が強い人物であったことが派遣の理由となった。

宇佐に到着し神前で神意をうかがった清麻呂が聞いたものは、「道鏡、なんたる無道であるか。天皇に上奏せよ。必ず皇統をもって継承されよ、無道者は早く取り除くがよい」。こうして清麻呂は、奈良に戻りそのありのままを天皇へ伝えることとなった。これに激怒したのが道鏡であった。

実は、清麻呂が宇佐へ出発しようとした際、道鏡は彼を呼び「大任を果たしたら大臣にしてやるぞ」とあからさまな誘惑をしていた。しかし、清麻呂は断固として信託を偽ろうとはしなかった。道鏡は処分を一層厳しくし、清麻呂を大隅(鹿児島)、法均を備後(広島)へ追放したが、清麻呂については大隅へ下るその途中に殺害するつもりであったという。

また、この時に清麻呂を穢麻呂(きたなまろ)、法均を広虫であることから細虫と呼んだことから、いかに彼らに対して恨みを抱いたかがおわかりだろう。

だが、清麻呂が流された翌年に称徳天皇が崩御し、光仁天皇となったことで事態は大きく動いた。坂上苅田麻呂(さかのうえのかりたまろ)を筆頭とした重臣たちの働きにより道鏡の陰謀が暴かれ、阿曾麻呂と道鏡の弟で大宰府の代表者も務めていた弓削浄人(ゆげのきよひと)それぞれが追放されることとなった。

そして、追放された清麻呂と法均が再び呼び戻されることとなった。道鏡は下野(栃木)の薬師寺に派遣されたのちの2年後に亡くなったという。

道鏡が死罪にならなかったことについては、称徳天皇の治世そのものの否定になりかねないという配慮によるものだと言われている。また、当初は純粋に信用されるような人物であったということや、左遷された下野ではさほど評判が悪いわけではなかったということ、そして「具体的な悪行」が特に伝わっていないということなどから、野心や下心はあったにせよ「大悪人」と称するのはいかがなものかとの疑問を呈する評価も近年では見られている。

言うなれば彼の評価は、皇室の存亡という点をいかに歴史的指標と置いているかにかかる判断であると言えるだろう。

【参考記事・文献】
平泉澄『少年日本史』
田中卓『教養日本史』
土橋治重『人物おもしろ日本史』

道鏡ってどんな人?わかりやすく徹底紹介!
https://manareki.com/dokyosyotoku
道鏡は何をした人?孝謙天皇との関係は?簡単にわかりやすく解説
https://historynavi.com/doukyo/
道鏡とは何者なのか?悪人とされがちな僧侶についてシンプルに解説
https://narakanko-enjoy.com/?p=35061#toc6

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【文 ナオキ・コムロ】

画像 ウィキペディアより引用