オカルト研究家、佐藤有文の著作『いちばんくわしい日本妖怪図鑑』の中に、「マー」という妖怪が紹介されている。それによると、マーは沖縄の妖怪であり「形のない妖怪だが、大きな口がどんどん開いて人間をのみこむ」という。
解説文はこの一文だけであり、その挿絵に描かれている姿は点描で、頭がすぼんだ形でおそらく一つ目と思しき目の輪郭と鼻、そして口を上下に広げたように大きく開いている。
同書に収められている妖怪は、著者の創作ではないかと考えられているものもいくつかある。だが、実際に沖縄で伝わっている妖怪(当地では「マジムン」と呼ばれる)の中にマーがいることは確かであるため、妖怪そのものは創作であるとは言えない。それでは、マーは沖縄においてどのように伝わっている存在なのだろうか。
まず、確認しておきたいのは、沖縄で「マー」と呼ばれる妖怪は2種類存在しているということだ。
一つ目は、「南島研究」(南島研究会編 通巻33号)という研究誌に記載されている例がある。それによると、マーは川や池で死んだ人がそこに住みついた”霊”、いわば死んだ人間が変化(へんげ)した存在であるという。マーは目には見えず、人間のような姿形をしていると考えられている。マーという名前は、赤子の泣き声を指しているとも伝えられている。
二つ目は、『仲里村史 第四巻 資料編3 仲里の民話』(久米島仲里村役場)にある例だ。仲里村とは、かつて久米島に存在していた村の一つであり、そこで伝わる話の中にマーがいるというのである。ただし、書籍内での表記は「マア」となっている。
マアは、久米島の”タカラのクムイ”と呼ばれる川に住んでいたという。普段は川の淵や深い底にいるが、水面に子供の姿が映ると浮かび上がっていき、足を引っ張って溺死させてしまうというのだ。
マアには、次のような話が伝わっている。ある時、クシヌアサトのオジイ(爺)がタカラノクムイでマアの生け捕りに成功した。マアは子供のような姿をしていたが抵抗が激しかったため、フクギの根元に綱でグルグル巻きにして結わえ付けられた。それからしばらく縛り上げられたままにされていたマアは、日に日に干からびていき元気を失っていった。
それから幾日が経ったある日、クシヌアサトのオバア(婆)が便所をして水を汲み流していたところ、縛られて干からびていたマアが、オバアの様子を馬鹿にして笑い出した。怒ったオバアがマアに向かって水をかけた途端、マアはたちまち元気を取り戻して綱も引きちぎってしまった。そうして、マアはタカラのクムイに飛び込んで消えてしまった。
いずれのマー(マア)も、水辺に関連する存在としては共通しているようであり、川で溺れ死んだ者、川で溺れさせる者、どちらもマーと呼ばれているのは興味深い。なお、沖縄にはマアのほかにも足を引っ張り溺れさせようとする妖怪がいくつか伝わっているというが、足を引っ張って溺れさせ、干からびると元気を失うというマアの特徴は、いわゆる河童の特徴にも似ていると言えるだろう。
冒頭の日本妖怪図鑑にあったマーの記述は、「川に引きずり込む」を「のみこむ」という表現を使って表したのか定かではないが、だいぶ異なっていることがおわかりだろう。先の資料からすれば、日本妖怪図鑑はかなり独自なテイストで描いていると見て良いかもしれない。
余談だが、webページ「ピクシブ百科事典」の「マジムン」項目の中には、「マー:牛の鳴き声のマジムン。」との記載がある。
実際、夜中に川などで溺死者が出ると鳴くという牛キジムナーと呼ばれるマジムンがおり、「マー」あるいは「モー」と間延びした牛のような鳴き方をすると言われているため、ひょっとしたらマーより牛キジムナーに寄った解説の可能性もあるだろう。
(※本記事を書くにあたり、沖縄怪談収集家である小原猛氏より資料をご提供いただきました。)
【参考記事・文献】
琉球新報 新報小中学生新聞(2021.11.14) ふしぎうちな~ショートショート
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【文 ナオキ・コムロ】
画像 ウィキペディアより引用