妖怪

遭遇すると必ず病気になる?妖怪「ももんじい」に見る肉食禁忌の歴史

ももんじいとは、江戸時代の画家鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』に描かれている妖怪である。紅葉などが散り積もる場所で大きな杖をついた老人の姿として描かれており、名前は漢字で「百々爺」と表記されている。

挿絵には、石燕によるももんじいの解説も記載されており、それによるとももんじいは、「未詳」の存在ではあるものの夜更けの原野に現れる老人の姿をした妖怪であり、通行人が遭遇すると必ず病気になってしまうという。

石燕の記載によれば、ももんじいという名は「摸捫窠」(ももんが)と「元興寺」(がごじ)を二つ合わせた呼び名、すなわちカバン語(混成語)であるというのだ。動物の名前でもある「ももんが」は、関東や中部地方などでは化物や妖怪を表す児童語として知られており、また「がごじ」は京都、徳島などにおいてももんがと同様の意味合いで使用されていたという。

そうした中、「ももんが」や「がごじ」と同様の意味を持つ言葉として、神奈川、山梨、静岡県東部には「ももんじー」という語が存在しているという。関東(ももんが)と関西(がごじ)の間に位置した地域でこうした合成語のような語が、しかも同じ意味合いで使用されているところを見ると、実際にお互いが混成されたものである可能性は大いに考えられるだろう。

もう一つ、日本国語大辞典などの記載によると、「ももんじ」という言葉は「猪、鹿、狸などの獣」「また、その肉」を指して使用された言葉とある。江戸時代には、尾の生えたものや毛深いものは「ももんじい」と呼ばれ嫌われており、そこからその肉を含めて同じ呼び名になったと言われている。

また、江戸時代には獣肉を扱う店が「ももんじ屋」「ももんじい屋」と呼ばれていたという。これは先の獣の肉を「ももんじ」と呼んだことに起因する隠語のようなものであったとも言われている。この「ももんじ」という語については先の児童語に由来しているという説や、百獣(ももじゅう)が転訛したとする説があるが、後者に関しては当て字として採用したに過ぎないとする意見もある。

さて、興味深いのは「遭遇すると必ず病気になる」という点だろう。

日本においては、7世紀に仏教へ帰依した天武天皇が「肉食禁止令の詔」を出して以来、牛や馬をはじめとした肉食はタブーとされてきた。だが、表向きは肉食を忌避しながらも実際は肉食がなされていたことは記録からも見て取れる。

例えば、猪肉をボタン、鹿肉をモミジ、馬肉をサクラ、鶏肉をカシワと植物の異称で呼ばれているのは、直接的に獣の肉であることを避けた隠語であったと言われている。また、中国の薬学本『本草網目』にて「健康な黄牛の肉は滋養に良い」との記述もあったことから、獣肉は滋養のための薬との方便が生まれ、「薬食い」と称されていた。

このことから、ももんじいとの遭遇で必ず病を患うというのは、薬食いと称して肉食をすることの、ある種の皮肉を表しているのではないかとの説もあるという。

改めて挿絵を見てみると、ももんじいの体が毛深く描かれているのは獣であることを表し、また散り積もる中に紅葉がいくつも描かれているのは先の鹿肉のモミジを暗示させているように見える。ももんじいは、洒落と皮肉を大いに織り交ぜた妖怪であるのかもしれない。

【参考記事・文献】
村上健司『妖怪事典』

江戸の人は肉が好き? 肉食と遊女の江戸文化
https://osanpo-trivia.com/momonji/
百々爺(ももんじい)
https://youkaiwikizukan.hatenablog.com/entry/2013/03/26/163928

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【文 ナオキ・コムロ】

画像 ウィキペディアより引用