妖怪

後頭部に開いたもう一つの口を持つ不気味な妖怪「二口女」

『絵本百物語』とは、桃山人(戯作者・桃花園三千麿の説あり)作、浮世絵師・竹原春泉斎が挿絵を手掛けた江戸時代の妖怪画集である。1841年に刊行されたとされる本書は『桃山人夜話』という名称でも知られており、1920年代に風俗史学者の江馬務や民俗学者の藤沢衛彦などが著書に取り上げたことで注目を集めるようになった。

二口女(ふたくちおんな)は、この「絵本百物語」の中に収められている妖怪のうちの一つだ。後頭部にぱっくりと開くもう一つの口を持つ、その名の通り二口の女として描かれており、次のようなストーリーで紹介されている。

昔、下総(千葉県)に自分の子だけを愛でていた継母がおり、先妻の子供に対しては食事もろくに与えずとうとうその子は餓死してしまった。先妻の子が死んで49日目のこと、薪(まき)割りをしていた夫の傍を通りかかった妻に振りかざした斧が誤って当たってしまい、妻の後頭部が割れてしまった。

命に別状はなかったものの、女の後頭部の傷は徐々に口のように変化していき、頭蓋骨の一部は歯に、肉の一部は舌のようになっていった。後頭部にできた口はある時刻になるとひどく痛み出し、耐え難い痛みにある時妻が後頭部の口に食べ物を与えると、痛みは治まった。

だが、数日するとその口からは先妻の子を死なせてしまったことの後悔の声が聞こえて来たのだという。なお、実際には下総にこのような民話は見られないため、創作ではないかと考えられている。

この二口女に似た伝承は全国に分布しており、中でも『くわず女房』が有名だ。あるケチが男が「飯を食わない女房」を求めていると、ある日突然男のもとに「嫁にして欲しい」という旅の女が現れた。泊めてもいいがやる飯はないというが女は食べないと言い、互いの希望が一致したことで二人は結ばれることとなった。

だが、ある時男はその女が後頭部にあるもう一つの口で大食いをしている女を目撃した。化物だと認知した男は追い出そうとするが、女はたちまち鬼となり男を桶に入れ山へ連れ去ろうとした。

間一髪の隙を見て逃げ出し、菖蒲の生えている草むらへ隠れた。どこだどこだと探している女はどうやら勝負のにおいが苦手であるらしく、これでもくらえと男は女目掛けて勝負を投げつけたところ、悲鳴を上げた女は走り去っていった。

東日本では、この話は5月5日の出来事であり、そこからこの日に勝負を家の軒に挿して魔除けにしたというような伝承として残っているという。また、この女の正体については、山姥、鬼女とするケースが多い一方で、関西においては蜘蛛であったとするケースも見られるという。

「絵本百物語」から見ると、口が二つというのは単なる大食いということではなく、一人の人間の表裏を口に出す心理性を描いている様子が見て取れる。ただ、その一方で二つの口というどことなく女性に対する性的な表現めいた表現の仕方も見て取れることから、いわば表裏という表し方も暗喩に基づいている可能性が考えられる。

また、くわず女房については、黄泉比良坂にてイザナギが醜くなってしまったイザナミに桃を投げたことを思い起こさせる。桃も菖蒲も、共に香りが強く邪気を払う効果を持つ植物として用いられていることから見ても、同型であることは間違いないだろう。

二口女が離縁をせがまれ本当の姿を見せたというのも、黄泉の国に落ちたことのイザナミの姿の変わりようを思わせる。ここにも、表裏を表す意味合いとして二口が喩えられているのではないかと思える。

【参考記事・文献】
村上健司『日本妖怪大辞典』

【くわず女房】あらすじをサクッと簡単にまとめてみた!
https://arasuji-m.com/kuwazunyobo/
妖怪大図鑑 其の百四拾四~二口女
https://www.nwn.jp/feature/190223_futakuchi/

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【文 黒蠍けいすけ】

画像 ウィキペディアより引用