偉人

無責任男のイメージに苦悩した「植木等」を救った父親の言葉とは

1960年代に一世を風靡し、高度経済成長期の日本を代表するコメディアン植木等。バンド「ハナ肇とクレージーキャッツ」に在籍し『スーダラ節』などの大ヒット曲を生み出し、またテレビ番組の出演では「お呼びでない?」などのギャグも有名となった。

映画「無責任シリーズ」(東宝)によって人気を不動のものにした植木であるが、彼にとってこのことは悩みの種ともなったと言われている。映画では、能天気で破天荒、バイタリティ溢れるキャラクターというイメージが大衆に浸透していった。しかし、元々彼自身は物静かで責任感も強く生真面目という、映画のキャラクターとは正反対と言って良い性格であった。

映画での役のイメージが定着してしまったことに加え、さらに前述したバンドの代表曲『スーダラ節』も追い打ちをかけた。「わかっちゃいるけどやめられない」でお馴染みのあまりにお気楽な歌詞・内容を歌うということに、彼はひどく苦悩し、父へ相談するほどであった。

彼の父植木徹誠は、浄土真宗大谷派の僧侶であった。戦前は反戦運動などに傾倒し、それゆえに治安維持法違反で何度も逮捕・投獄された経験を持っていた。植木等も、当初は僧侶になることを目標として上京した身であった。僧侶を父に持つという境遇から、彼にとって「スーダラ節」の内容はあまりにも自堕落きわまりないものであり、こんな歌なんか歌えないと思っていた。

しかし、植木がこのことを打ち明けた際の父親の反応は思いも寄らないものであった。どんな歌詞かと言われて植木が歌ってみたところ、父親は「素晴らしい曲じゃないか!」と涙を流しながら答えたのだ。「わかっちゃいるけどやめられない」、このフレーズに対して父親は「この歌詞は親鸞聖人の教えそのものだ!」と絶賛したという。




親鸞といえば、まさに彼らが信仰する浄土真宗の宗祖である。日本の仏教は元来の仏教とはまるで違っているという言説はたびたび聞かれており、日本に渡ってきて以来独自に変質していったという。一説には親鸞が僧侶の身分で初めて結婚をしたということが決定的になったとも言われている。

彼の父親は、「人が生きている限り、”わかっちゃいるけどやめられない”という生活は亡くならない。それこそ親鸞聖人の教えなのだ」と諭したのだという。これに植木は感銘を受け、「スーダラ節」を歌うことを決意し、さらに無責任というパブリックイメージを受け入れるようになった。

のちのあるインタビューにて彼は、「『無責任男』というレッテルを貼られた時は、こりゃえらい荷物を背負わされたと思いましたよ。でもね、大衆がそれを、ぼくに望んでいることは確かなんです」「『無責任』というぼくだけのレッテルを大事にしたい」と答えているという。

晩年、入院中の彼が病室で読んでいた一冊の本は親鸞にまつわるものであったと言われている。父から諭された体験と親鸞の教えが、彼の人生にとって支えになったことは間違いないだろう。因みに、無責任男の実際のモデルは、クレイジーキャッツの楽曲にて多くの作詞を手掛けた青島幸男だったと言われている。

【参考記事・文献】
植木等の死因は何っだのか?!「無責任男」の素顔は真面目男だった!
https://anincline.com/ueki-hitoshi/
わかっちゃいるけどやめられなかった 親鸞
https://marthakusakari.com/blog/9591
植木等と仏教・親鸞聖人
https://oyomidenai.blogspot.com/2011/09/blog-post.html

【文 黒蠍けいすけ】

ニッポン無責任時代 [DVD]