科学者たちは、長い間失われていた中世ヨークシャーの都市レイベンサー・オッドの位置を特定するために数十年を費やしてきた。
2024年4月1日は、エドワード1世がイングランド北部の2つの入植地、キングストン・アポン・ハルとレイベンサー・オッドに王室の許可を与えてから725周年にあたる。
前者は、ハルと呼ばれよく知られている。ハンバー河口の岸辺にあり、今日では英国の海上貿易の4分の1を扱っている。
だが、後者の名前を聞いたことがある人はほとんどいないだろう。レイベンサー・オッドは1299年には比較的重要だったにもかかわらず、北海に飲み込まれて姿を消したため、今日ではほとんど忘れられている。あるジャーナリストが言うように、それは 「ヨークシャーのアトランティス」 だ。
レイベンサー・オッドの物語とその遺跡の探索は、ハル歴史センターでの展示の焦点となっている。
【沈没した都市】
レイベンサー・オッドは、ハンバー川河口の北岸を形成して「スパン・ヘッド」と呼ばれ、港として栄え豊かな集落に発展した。1299年には、レイベンザーを公認の自治区として商人に一部の税金を免除した。また、これによる町は独自の裁判所、刑務所、礼拝堂を建てることができた。
だが、1362年にサンマルセルスの洪水の高潮によって壊滅的な打撃を受け、その後町は放棄されることとなった。レイベンサーが港として有利であったその地形こそが、貿易の拠点そのものを終わらせる結果となったのである。
【海岸浸食】
スパン半島の北にあるホルダネス海岸線は、ヨーロッパで最も早く浸食されている海岸線だ。柔らかい岩質粘土の崩れかけた崖は、年平均2メートルのペースで後退している。そこでは、30の集落が失われたことが知られている。しかし、スパン・ヘッドの歴史的な経過が不確実なままであるため、レイベンサー・オッドの位置は長い間争われてきた。
1960年代に提唱された一説では、半島が徐々にハンバーの河口を横切って延びていき、およそ250年の周期で進化、そうしてできた島は徐々に浸食され、レイベンザーは現在の半島から約2km沖合に位置することになったのだと唱えられている。
他の説は、半島の首がホルダネスの浸食に沿って常に後退していることを示唆しており、これによって、レイベンザーは現在の海岸線から遠くない場所に配置されると唱える。
別の説では、干潮時に露出するスパン・ヘッドのハンバー側の地域にレイベンサーがあるとされている。確かに、いくつかの建物跡は19世紀にこの地で発見されたが、それらは私たちが持っているレイベンザーの記録よりも後の歴史的時代のものかもしれない。
河口の状況は失われた町の痕跡を探すことを困難にしている。2021年後半、フィル・マシソンはハル大学と共同で海底調査を開始した。しかし、海底の堆積物が絶えず移動しているため、遺構として確認できるものは確認できなかった。
そこで、パラメトリックエコーサウンダーと呼ばれる機器を使って、レイベンザーの捜索は続けられている。これらは、海底堆積物の層の下を探査することができ、以前の調査から関心のある地域として特定された場所に配備される。
干潮時には,地中レーダと磁気グラジオメトリーの組み合わせを用いて、地表下調査が可能である。後者は最近、同じく1362年の聖マルセルスの嵐で失われたドイツ沖のルンホルト村の遺跡を発見するために使われた。
海岸線での生活が不安定な地域では、レイベンサー憲章725周年の焦点は、町とその歴史的で象徴的な重要性への関心を新たにした。気候が温暖化し続けるにつれて、困難な沿岸管理の決定は、嵐の増加によって悪化するだろう。これは、ヨークシャーが失った街の物語を痛烈に意味のあるものにしている。
Have you heard the curious case of 'Yorkshire's Atlantis'?🏝️
Ravenser Odd emerged in the mouth of the River Humber in the early 13th century and disappeared again by 1360
Piracy, war and court cases – discover its unique history🔻https://t.co/2UNB7n1jns
— The National Archives (@UkNatArchives) February 22, 2024
(黒蠍けいすけ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)