【都市伝説】初代・三平、死ぬ間際に「輪っか」を握っていた理由





『笑点』の新メンバーとして抜擢された二代目・林家三平。彼の父親は、『昭和の爆笑王』の異名を持つ初代・林家三平である。

七代目林家正蔵を父(当代三平から見ればおじいさん)に持ち、当時は新星と期待されたが、「登場人物の名前を忘れる」など落語家として致命的なミスが目立ち、漫談路線に変更。

するとあれよあれよといううちに売れっ子になり、寄席のスーパースターとして君臨した。

アドリブ芸のうまさから参議委員選挙に立候補した立川談志からの要請で応援演説を頼まれたが「林家三平」の名を連呼するあまり、投票用紙には応援に来ただけの林家三平の名前が投票箱に入っていた、という都市伝説もある始末だ。

そんな初代林家三平は、1980年に肝臓がんのため54歳という若さで死去。

死ぬ間際までギャグを考えてたといい、混濁(こんだく)する意識のなか名前を尋ねられた際「加山雄三です」とギャグを飛ばしたという。




そんな初代・林家三平には恐怖の都市伝説がある。当代三平と親交の深い伊集院光がラジオ番組で話したところによると、三平が亡くなった際、手になぜか直径30センチくらいの針金の輪っかを握っていたという。

この輪っかについては最後を看取った家族(泰葉、林家正蔵、当代三平など)にもまったく意味がわからなかったという。

何かのスーパーギャグを発しようとしたのか、それとも医療器具の一部なのかはわからないが、非常に興味深い話である。

もしかすると、亡くなる寸前に輪っかを頭に乗せて「ご臨終」というギャグを思い浮かべていたのかもしれないが、今となっては謎のままだ。

現在、この輪っかは林家三平宅にて大切に保管されているという。

(江戸前ライダー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

林家三平





 

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