(以下は2020年5月4日に投稿されたものです)
敏太郎先生
いつも楽しい興味深いお話しを楽しく聴かせて頂き、ありがとうございます。私は、以前百鬼夜行を取り上げて頂きました滋賀県の”うみのまゆ”と申します。緊張しましたが楽しい時間でした。お世話になりました。
私は、ちかみつさんのマニアックなお話しやパラレルワールドのお話しにワクワクします!!
これからも楽しみにしています。
さて今回は、父の命日が4月27日にあり、その翌日に不思議なことがまた起こりましたのでメールさせて頂きました。
父は今から18年前に64歳でこの世を去りました。職人で現実主義者。「靈なんかない、生きている人間の方が怖い!」と、子どもの頃から私の不思議体験は否定されてきました。
このGW前の4月28日。この騒ぎで東京に住む社会人2年目の長男の帰省が叶わず、リモート飲み会しようか?と言うことになり家族でビデオ通話を始めたのが20時前。
そこから、高校時代の話や昔話・兄弟への大学アドバイスなど家族で楽しいやり取りを1時間ほどしていました。
すると21時前、ピンポンが鳴ったので「こんな時間に誰だろう?」と急いでモニターを見に行きました。
しかし、何故かモニターは電気が付かず真っ暗で機能せず。急いで玄関の電灯を点け、扉を開けましたが…誰も居ませんでした。(※ピンポンは玄関ドアの横に付いており、道路に面する入口から玄関までは5メートルはあると思います。ダッシュしていたら、後ろ姿がみえるはずです)
命日の翌日だし、〈きっと父に違いない!〉ということに。長男は「その家、時々マジ怖い」と言った言葉に、少し笑えた私でした。
その晩は、久しぶりに聴いたラップ音がピシッピシッと楽しそうに鳴っていました。
実は同じようなことが前にもありました。
静岡で一人暮らしの母が高齢になり、3年前の春に滋賀に連れて来ました。仏壇は少し大きかったので、そのまま静岡に置いて行きました。
その年は何も起きず。
翌年、母が来て2年目のお盆。その日母は疲れて、早く寝てしまいました。夜中0時ころに、子ども3人と私で楽しくワイワイ会話をしていました。
すると、ピンポンが。
次男が慌てて2階にあがり、ベランダから外を見ましたが誰も居ませんでした。
モニターの録画は、誰も居ません。その時は怖かったのですが、すぐに『父かもしれない!』と思いました。
2年続けて静岡の仏壇に還った父は、誰も居ないので「滋賀だ!」と来たのでしょう。
その秋、仏壇を小さいモノに買い替えました。母は面倒だと言いましたが、絶対にしたほうがいいと説得。静岡のお坊さんに魂抜き・魂入れをお願いし、小さくなった仏壇を滋賀に連れて帰りました。
仏壇を2つ並べて儀式をしましたが、魂抜けた仏壇がタダの箱になったのを私も母も感じて、とてもびっくりしました。そして、ちゃんとして良かったと思いました。それからは毎日お線香と手を合わせることができ、特に何も無く過ごしていました。
今回の出来事は、亡き父の命日翌日と私達が楽しい時間を過ごしていたので解るように還って来たのかな?と思っています。このご時世で東京から帰れない長男と海外赴任中の夫に「頑張れ~!」とエールを送ってくれている気がしてなりません。
霊的なことを否定していた父ですが、亡くなる1年前は、病床から三途の川を渡らずに帰って来たと話したり、亡くなる直前は、生霊として静岡から滋賀に来ていたりと、なかなかアピールしてきます。今は、良き理解者になってくれていると思います。
葬式の前後もいろいろありました。以前メールしたかもしれませんが。
長くなりました。つい最近起きたので、送らせて頂きました。
ありがとうございましたm(__)m
(アトラスラジオ・リスナー投稿 Uさん ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
画像 DiamondFuji / photoAC