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その生き様は自身の作品を超える?!ギャグ漫画の神様「赤塚不二夫」伝説

画像『赤塚不二夫WORLD 緊急追悼版 ギャグの神様の作品と舞台裏!

数々のヒット漫画を生み出し、ギャグ漫画の神様とも呼ばれた漫画家赤塚不二夫。「天才バカボン」「おそ松くん」といった作品のほか、少女漫画である「ひみつのアッコちゃん」や、人情物を扱った「もーれつア太郎」といった幅広いジャンルも扱っていたことから、さまざまな年代や性別の人々が彼の作品を目にしたこともあるだろう。

2008年にこの世を去ったが、2015年に生誕80周年記念としてアニメ「おそ松さん」が制作されるなど彼の作品は現在もなお影響を与え続けている。赤塚の作品と言えば奇想天外、時には狂気をも思わせるギャグで知られるが、本人の生き様もこれに勝るとも劣らないものである。

人のよさにまつわる逸話は多い。彼は税理士に2億円を横領されて警察から告訴するかを問われた際に、加害者である税理士の将来を案じて告訴をしなかったという。また、締め切り前日に赤塚から原稿を預かった担当編集者がタクシー内で原稿を紛失、落胆と恐怖に身を震わせながらもその事情を伝えると、赤塚は「描き直せばいいよ」と言い、さらには「こんな時は飲もう」と二人で飲み明かし、その後一気に原稿を描き上げたという。

その他、麻雀好きで知られていた赤塚であるが、「相手が機嫌を悪くしてしまう」という理由からか、絶対にロンをしない、赤塚が勝ったところを見たことがないというエピソードが、彼と親交のあったタレントのタモリが証言している。

一方で、イタズラ好きな面もあったと言われている。天才バカボンの原稿の中に、バカボンのパパとママの猥褻な場面を描いた偽の原稿をわざと紛れ込ませ、編集者が慌てふためくさまをからかっていたこともあったという。また、背景担当スタッフに緻密な市街地を描くよう指示し、やっとの思いで描き上げた原稿に即ボツと言い放ってスタッフが青ざめたのだが、その回はもともと実験的に手抜き同然の回を扱う内容であり、スタッフが暇にならないようにと仕掛けた指示であったということであった。




いたずら好きでひたすらに温厚とも言える赤塚であるが、そんな彼が激怒したと言われる逸話がある。

1988年にメガドライブのソフトとして「おそ松くん はちゃめちゃ劇場」というゲームが発売されたのだが、このゲームは文字通りと言うべきかあまりにも「お粗末」な仕上がりの悪さとなっている。当時のメガドライブ誌に本作のプログラムを担当したスタッフのインタビュー記事が掲載され、そこに「原作者が怒鳴り込んで灰皿を投げて来た」と記述されていたという。

しかし、のちにこれは事実ではないことが判明し、当の赤塚はゲーム自体に見向きもしなかったとのこと。

さて、赤塚不二夫と言えば先に登場したタモリとの交友(師弟)関係も有名だ。笑い表現の追求をし続けた赤塚はマスコミにも積極的に露出し、芸能界にも広い人脈を持っていた。その中で、当時上京していた素人のタモリを発掘し、彼の芸能界デビューの足掛かりを作った。

さらに赤塚は、福岡出身であったタモリを東京に留めなければならないと考えて、当時の家賃でも17万円という高級マンションに住まわせ、毎月の小遣いも与えて贅沢三昧の生活を送らせたという。

この時、タモリは赤塚が別に住むところを持つ大金持ちだと思っていたようだが、のちに仕事場のロッカーを倒して寝ていることを知った。だが、ここで「代わりましょうか」と言えば”居候道”がすたると、これまで通りの贅沢暮らしを続けたという。当の赤塚本人も、普通にペコペコするようなら今のタモリはない、と語っていたとか。

赤塚の葬儀において、タモリが「白紙の弔辞」を読んだことが話題となった。弔辞内容を全てアドリブで読み上げたその中に、「私もあなたの作品の一つです」という一文があるが、タモリから赤塚不二夫に対する、我々が想像する以上の思いが込められた言葉であったに違いない。

【参考記事・文献】
タモリは昔赤塚不二夫の高級マンションで贅沢三昧の一人暮らしをしていた!
https://koimousagi.com/18605.html
赤塚不二夫
https://dic.pixiv.net/a/%E8%B5%A4%E5%A1%9A%E4%B8%8D%E4%BA%8C%E5%A4%AB#h2_2
おそ松くん はちゃめちゃ劇場
https://x.gd/0HZPN

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(ナオキ・コムロ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)