事件

作者本人が一時封印した幻の作品?!2種類の話が存在する『死仮面』

画像『死仮面 (角川文庫)

推理小説家横溝正史の金田一耕助シリーズといえば、『八つ墓村』『獄門島』『悪魔が来りて笛を吹く』など、タイトルだけでも知る人は多いのではないだろうか。1946年の初登場から1980年の最後の登場に至るまで、江戸川乱歩が生み出した明智小五郎と並ぶ名探偵シリーズとして長きに渡り愛されてきた。

その金田一耕助シリーズの一つに『死仮面』という作品がある。時系列としては、八つ墓村の事件を解決したあとのこと、金田一が岡山県警の磯川警部のもとを訪ねデスマスクにまつわる話を聞かされることから始まるという長編推理小説であり、中部日本新聞社が刊行していた雑誌『物語』の1949年5月号から12号にかけて連載されていた。

しかし、この作品は掲載後に単行本への収録がなされず、長らく幻の作品と呼ばれていたのである。

金田一ブーム真っただ中であった昭和50年代、角川書店は横溝正史全作品の文庫化を進めていたのだが、『死仮面』が連載されていた『物語』の計8回分を探したところ、連載第4回分の原稿が横溝の家にも無く、地元図書館や国会図書館ですら発見されなかった。

この欠落部分は、結果的に文芸評論家中島河太郎(なかじまかわたろう)が補筆することで角川文庫から出版されるに至った。解説にて中島は、「他日、この部分が発見されたら当然差し替えねばならない。作品を傷つけるのではないかと私自身にとっても不本意だが、いまは宥(ゆる)しを乞うほかはない」と述べている。




こうして補筆版としてやっと単行本化されたカドカワ・ノベルズ『死仮面』(1982)であるが、その16年後の1998年、なんと春陽文庫から完全オリジナル版と銘打った『死仮面』が出版されたのだ。中島が担当した補筆部分は前後のストーリーをなんとか補強する形で8ページ書かれていたが、実際は18ページにも及ぶ内容だったようである。

横溝の構想では、そもそも『死仮面』は改稿される予定であったそうだ。しかし、その時彼は『悪霊島』の原稿に取り掛かっている最中であったこと、そしてその後に横溝が亡くなってしまったことで、残念ながら叶うことはなかった。

しかし、完全オリジナルの『死仮面』が発表され一件落着になったかと言えば、必ずしもそうとは言い切れないようである。実はこの完全オリジナルと言われる春陽の『死仮面』は、補筆版である角川の『死仮面』と異なり現在は絶版となっており、それどころか復刻はおろか電子書籍化もされていないというのである。

また奇妙なことに、この欠落していた部分のオリジナル原稿がどのように発見されたのかも明言されておらず、情報が不明なままとなっているのだ。

もともと、当初『死仮面』が書籍化されなかったことについては横溝本人が「当時、わたしはなぜかこの作品を毛嫌いし、本にしなかった」と述べているという。当人はその嫌った理由を、内容が陰惨すぎたせいかもしれないと言っているが、長らく一部の原稿が欠落し、完全オリジナルとなったはずの書籍が絶版となってしまったという事情を見ると、それ以外の因果が絡んでいるのではないかとも思えてしまう。

【参考記事・文献】
2つある『死仮面』
http://kakeya.world.coocan.jp/chronicle/ys_k_files/ys_k_05_shikamen.html
横溝正史「死仮面」春陽文庫完全版
https://akabaneouji.blogspot.com/2019/04/blog-post_9.html?m=1
死仮面 / 横溝正史
https://wakuwaku-mystery.hatenablog.com/entry/2021/08/30/200607

(ナオキ・コムロ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)