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シンガーソングライター尾崎豊の死の謎「尾崎豊他殺説」

1980年代から若者たちから絶大な人気を得たシンガーソングライター尾崎豊は、1992年に26歳という若さでこの世を去った。

あまりにも唐突な訃報に多くの人々が衝撃を受けた彼の死は、当時より不可解な部分が多く見られ、現在に至ってもなお謎めいたものとなっている。

1992年4月25日の早朝、都内の民家の軒先で全裸の状態で倒れている尾崎が発見された。目撃者の証言によれば、彼は持っていたバッグの中身をぶちまけて、ブロック塀に何度も頭を打ち付けるなどの奇行を繰り返していたという。

病院に搬送された後、尾崎は妻の繁美とともに自宅マンションへ帰宅し、暴れたり嘔吐したりを繰り返すうちに寝入るもほどなくして危篤状態に陥る。同日午後に息を引き取った彼の死因は、「肺水腫」であると発表された、がその2年後、死体検案書の内容が流出したことによって、司法解剖の際に彼の体内から覚醒剤が検出されたことが明らかとなった。


実際、彼には過去覚醒剤による逮捕歴があったのは事実であるが、解剖で検出されたその量は致死量をはるかに超えていたと言われている。

また、彼の体には無数の擦り傷や打撲痕があり、当初は裸で這いずっていたことなどによる傷と説明されるも、暴行を受けたのではないかとの噂もなされることとなった。数々の不審な点が浮かび上がってくる中で、次第に尾崎豊の死は他殺によるものではないかという主張が目立つようになった。

尾崎豊他殺説。そのことで最も疑いの目を向けられていたのは妻繁美であった。1994年当時にはテレビ朝日が「妻と知人が共謀し覚醒剤を飲ませて殺害した」という検証番組を製作するまでに至った。結果として、妻が事実無根として訴訟を起こし最高裁まで全て勝訴、番組も放送が差し止められ幻となった。

その後も事態は二転三転していく。彼の死から15年後、暴力団関係者を名乗る匿名の人物が、尾崎の殺害を自白。証言によると、尾崎を呼び出して薬物入りの酒で飲ませ、複数人で暴行したというのだが、動機については明言しておらず真偽は定かではない。

また2011年には、妻の意向で封印されていた尾崎の「遺書」が息子によって公開され、尾崎の自殺説が突如として浮上することとなった。それに対し尾崎の父と兄がその遺書に疑念を持ち、偽物ではないかとして自殺説を否定した。現在でも、この遺書の真偽はハッキリとしていない。




このように、尾崎豊が他殺であるとした場合、最もよく言われるのは「妻の謀殺」説である。尾崎が病院に搬送された後、真っ先に帰宅を選択したという不審さや真偽不明の遺書の存在から、尾崎の殺害を依頼し、死に至らしめたのではないかというものだ。一方で、この「他殺説」自体がでっち上げであるとの主張も存在する。

「他殺説」は、本来、事故死であった彼の死を妻が殺害したことに仕立て上げ、尾崎の著作権継承を目論んだ身内による策略ではないかというのである。

現在もなお、事故死であるか自殺かあるいは他殺か、そのいずれの確証も得られていないのが現状だ。尾崎豊の死は、現在もなお謎めいたままである。

【参考記事・文献】
尾崎豊、死因の真相。遺体と遺書、事故死の可能性とは。発見場所は取り壊し
https://asuneta.com/archives/97484
尾崎豊の死因にまつわる謎!その時、妻・尾崎繁美がとった行動とは?
https://anincline.com/ozaki-yutaka/
尾崎豊の死因と遺書!フライデー死顔・最後と命日まとめ
https://arty-matome.com/I0002165/&page=0
尾崎豊 他殺説の真相
https://x.gd/8KDRI

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(ZENMAI 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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