9月21日、本ATLASでも紹介した近鉄奈良線東花園駅の駅員逃亡負傷事件。
遅延について乗客対応中だった駅員が突如、制帽と制服を脱ぎ捨てて逃走し、高架の駅から転落し負傷する事故事件というおかしな事件だった。
さて、この舞台となった東花園駅というのが、今から60年前に発生した大型鉄道事故「近鉄奈良線列車暴走追突事故」(1948年3月31日)の現場に非常に近いことが一部のオカルトマニアの間で話題を集めている。
「近鉄奈良線列車暴走追突事故」は近鉄奈良発、大阪上本町行き列車が途中の生駒トンネルを走行中にブレーキが効かなくなり加速。結果、河内花園駅を発車しかけていた上本町行き普通電車に正面衝突。乗客・乗員合わせて49名が死亡、282名が負傷するという悲惨な事故だった。
原因は車両の老朽化によるブレーキ機器の故障とされているが、近鉄奈良線では1946年、1947年と連続して生駒トンネル付近で車両の火災事故が相次いでおり、これらの事故は生駒トンネルに住む怨霊(1913年には落盤事故が起き、20人の犠牲者が出ている)の祟りではなかったかと噂されている。
現在、当時の生駒トンネルは閉鎖され、新しい生駒トンネルが出来ているが、現在も旧生駒トンネルの付近では白い幽霊らしき物体が目撃されるなど心霊現象が絶えない。
今回の東花園駅員の逃亡負傷事件が上記の現象と関係あるのかはわからないが、「近鉄奈良線列車暴走追突事故」の死亡事故現場となった河内花園駅は東花園駅の隣の駅であり、負のオーラが充満していた可能性が高く、今回の駅員の奇行とも言える行動は負のオーラが巻き起こしたものも関係があったのではないか、と一部で噂されている。
(上記は都市伝説記事です)
(文:ミドルサイズパンダ ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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