日本の元内閣総理大臣「伊藤博文」を暗殺した犯人は別にいた?!

初代、5代、7代、そして10代と、明治時代4度に渡って内閣総理大臣を務めた政治家、伊藤博文(いとうひろぶみ)は、1909年に清のハルビン駅で襲撃された。

この事件は、身柄を拘束された大韓帝国の安重根を実行犯として、伊藤博文暗殺事件またはハルビン事件と呼ばれている。現在の韓国においては、反日のシンボルとしても知られている安重根であるが、実は伊藤博文を暗殺した人物は別にいると言われている。

元々、安による伊藤の暗殺には疑問点が多かったのも事実だ。伊藤はそもそも韓国併合に反対していたために、安には本来暗殺の動機がないのではと言われている。




そもそも思想的に見ても、両者はむしろほぼ一緒であったというのも奇妙である。さらに安は伊藤の顔も知らず、立派な顔をした人間を撃ったと証言しているという。安が伊藤を暗殺するにあたいするだけの理由は、あまりにも希薄としか言いようがない。

伊藤博文暗殺の実行犯が別にいるという説は、彼がハルビン訪問の際に同行した室田義文(むろたよしあや)という貴族院議員の自叙伝『室田義文翁譚』によるところが大きい。同書によると、「駅の二階の食堂から(中略)撃ったものがある、それが即ち伊藤暗殺の真犯人である」として、兵隊に取り押さえられた「例の小男」すなわち安は伊藤を撃った人物ではないと語っている。

安は駅一階の喫茶店で様子をうかがっていたというから、二階からの銃撃はどう考えてもおかしい。襲撃を目の前で目撃して自身も被弾し、そして伊藤の遺体にも立ち会った室田のこの証言は、安の真犯人説を大きく揺るがす根拠としてよく引用されている。

では、一体誰が伊藤を撃ったのだろうか。

文化学者上垣外憲一(かみがいとけんいち)は、「伊藤の命を狙う理由をもっとも強く有していたのは」「日本軍部、右翼」であり、韓国併合を推進していた陣営からは最大の障害とみなされていた、との論考を展開する。つまり、国内に黒幕がおり、安と別の真犯人によって暗殺は秘密裏に計画されていた可能性があるという。

当時は安以外の犯人が別にいるという発言は、日露国交に影響が出てしまうということで皆口を閉ざしてしまっていたという。結果として、安は暗殺の実行犯として早々に幕引きされるに至った。


ノンフィクション作家大野芳(おおのかおる)によると、暗殺事件のシナリオは、伊藤のハルビン訪問を強く勧めた後藤新平を黒幕とし、政治活動家で右翼であった杉山茂丸が韓人会にその情報を伝え、そしてその韓人会が明確に刺客を送ったということである。そして、韓人会の元会長であった陽成春、彼こそが真犯人であるという。

陽成春という人物は、事件後に安重根の子分たちから分け前を請求され断ったことにより殺害されたという。この人物の名前自体は、安重根も取り調べて一度だけ喋っていたそうだが、当人が取り調べられることは結局無かったそうだ。

安は著書『東洋平和論』の中で、日中韓が力を合わせて欧米に対抗すべしと説いていたという。しかしながら、彼も関わった伊藤博文の暗殺は、結果として現在も残る日韓関係の大きな溝の一角となってしまった。

日韓関係改善の一つとして、この事件は慎重に検証し直さなければならないだろう。

【参考記事・文献】
洋泉社編集部『暗殺の近現代史』

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(ナオキ・コムロ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 ウィキペディアより引用

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