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「ぬらりひょん」はなぜ総大将となったのか

妖怪の総大将と言われる「ぬらりひょん」。近年では、ぬらりひょんの血を継ぐ少年を主人公とした妖怪を題材とする漫画・アニメ作品『ぬらりひょんの孫』が話題となるなど、タイトルにその名を冠されるほどの知名度を誇る有名な妖怪の一つであろう。

ぬらりひょんは、家中で人が忙しくしている時にいつの間にか座敷へ上がっており茶を飲んでいたり、金持ちの家に入り込んで主人のキセルでタバコをふかして去って行ったり、何らや目的もよくわからない存在として説明されており、姿は僧あるいは商人のような恰好をしており、頭の長い老人として描かれる。『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズにもたびたび登場しているため、ご存じの方は多いだろう。




さて、そんなぬらりひょんであるが、先の説明から見てもおよそ総大将と思える部分は見当たらない。水木しげるもその著作で「やることはあまり総大将らしくない」と述べるほどである。上記のような悠然とした行動に、余裕ある者の風格を見出せることを一因とする意見もあるが、明確な描写が無いためにどうしても釈然としない部分がある。そもそも、実は前述した説明すら怪しいのである。

ぬらりひょんの初出は鳥山石燕の『画図百鬼夜行』であると考えられる。そこには大きな頭をした老人の姿の妖怪が描かれているのだが、解説が特に添えられているわけでもないため、どのような妖怪であるのかこの時点ではわかっていないのだ。妖怪に関する著書を多く出しているライター村上健司によると、家に上がり込んで茶を飲むといったような記述は、古い資料に見られないというのである。

民俗学者・児童文学研究者であった藤沢衛彦(もりひこ)の著書『妖怪画談全集日本篇 上』には、「また宵の口の灯影にぬらりひょんと訪問する怪物の親玉」と記載されている。しかしながら、藤沢が何をもって親玉と解説したかは不明であるため、村上は「絵から想像したものにすぎない」と推測している。さらに村上は、人の家に上がり込むという振る舞いについては、佐藤有文の妖怪に関する著作・児童書などで創作されたものであろうと考える。

また、村上によれば「ぬらりひょん」という名前も本来は違うというのだ。同氏によれば、正確には「ぬうりひょん」であり、岡山県に伝わる海坊主のような妖怪が「ぬらりひょん」と呼ばれるものであるという。その“本来の”ぬらりひょんは、海上に浮かぶ玉のような存在で、船を寄せて取ろうとするとヌラリと外れて底へ沈みまたピョンと浮かんでくる、という振る舞いを繰り返してからかう存在であるという。


人の家にいきなり現れてはいつの間にか消える、という振る舞いも一種のからかいとして見なすと、どこか性質が似通っているともとれる。名前が似ているのは、この部分から関連されたからだろうか。

長い頭という点では、七福神の福禄寿など神仙的な存在に近いものとして見られていた可能性はあるだろう。その大きな頭に高度な頭脳を彷彿とさせ、それが総大将という地位に結び付いたというイメージも与えられたのかもしれない。

いずれにせよ、ぬらりひょんという妖怪は、創作に創作が重ねられた末に完成され、ついには親玉・総大将という地位に祀り上げられた存在であったと言えるだろう。

【参考記事・文献】
・村上健司『妖怪事典』
・水木しげる『【図説】日本妖怪大全』
・草野巧/戸部民夫『日本妖怪博物館』

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(黒蠍けいすけ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 Sawaki Sūshi (佐脇嵩之, Japanase, *1707, †1772) – scanned from ISBN 978-4-336-04187-6., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3531991による