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関係者が次々と不幸になる?!プロレス団体「FMW」の呪いとは

フロンティア・マーシャルアーツ・レスリング、略称FMW(エフ・エム・ダブリュー)は、プロレスラー大仁田厚によって創設された、かつて存在していた日本のプロレス団体である。

1989年の創設以来2000年代初頭まで活動し、有刺鉄線や電流爆破などの過激なデスマッチ戦を繰り広げたことで知られている。現在はすでに存在していないFMWには、とある「呪い」の噂が囁かれていた。それは関係者にもたらされる多くの不幸である。

1995年の大仁田の引退試合の相手をつとめ、新生FMWのエースとして団体を引っ張っていた覆面レスラーハヤブサが、2001年10月に試合中の頸椎損傷によって長期欠場となった。翌年1月にはエースに次ぐミスター雁之助も負傷によって欠場となる。

このころ業績不振のため経営悪化していたFMWにとって、この2名の欠場は致命的な痛手となった。当時代表であった荒井昌一はコストカットのために所属者数人の契約解除も行なっており、FMWの危機が公然に知られるようにもなった。

敗者を全裸にするネイキッドマッチなど、ファンやマスコミからも大顰蹙を買うような迷走を展開していくFMWであるが、2002年2月とうとう事実上の倒産となり、代表の荒井が自殺という結末で最大のインディー団体は終焉した。のちに、FMWの経営破綻後に残ったメンバーを集めてWEWを設立した冬木弘道が2005年に病死している。




こうした一連の不幸の連鎖は、アメリカのエリック・ファミリーのような呪いを思わせるものがあるだろう。しかし、元から様々な出来事や問題が多かった団体であったことも否めない事実である。

注目すべきは、上記の不幸はすべて大仁田がFMWと関わらなくなってから起こったということである。1996年、再び脚光を浴びたいと画策した大仁田が強引に復帰、1998年11月の大会において代表と選手が一丸となって撤退を要求し、とうとう大仁田は離脱した。この時に大仁田と対戦した相手は冬木であったという。

当時、「大仁田がいなければFMWはすぐに潰れる」とまで言われていた。しばらく生き永らえたとはいえ、その結末は実に最悪の形として歴史に刻まれることとなった。

FMWの呪いとは、すなわち大仁田厚の呪いでもあったのかもしれない。

【参考記事・文献】
・奇妙な事件が次々と起こった、FMWは呪われたプロレス団体だったのか?

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(ZENMAI 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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